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失われた学校、村、道、鉄道を訪れた日の記録 |
その島は滅びず 無人島浪漫紀行 第5回
かつて人々の居住空間だったその島最大の建造物は「コ」の字の形をしている。古い学校のように中央の廊下を挟んで左右に各家が並んでいる。
建物の内部を歩くというのは、ある意味辛いものだ。そこに住んでいた人々の息吹を感じるとき、今ではもうどうにもならない状態となっている姿に心が痛む。たとえ自分の家でなくてもだ。
私たちは階段を登っていく。9階建ての建物の中盤までのぼると、今度は廊下に足を向けた。
廊下はまっすぐ続き、一番向こうは逆光となっているために様子がよく分からない。
だが、見なくても分かる。今、目の前に展開する光景から推して知れる。
ここがこれほどまでの状態なのだ。どこも同じに違いない。
その廊下を歩く。
一歩進むごとに足元からガシャ、という音がする。歩く度に私自身がこの建物を破戒しているようで、実に心苦しい。廊下には各家の扉が倒れこみ、さらに家具や什器類の欠片が散乱している。
Sさんが一軒の家に入った。私も後に続く。
長い間の風雨にいじめられてきた部屋は、それでもなお住民の残していった品物がいくつも散見された。
左を向いた。ガラスはなくなっているが、ベランダがある。外の景色はどうなってるのだろう。見たい。
「危ない、ベランダはないですよ。」
同行していた、神戸の大学生、takさんが言った。
そのとおりだった。かつてベランダだった場所は手すりが消失し、数十メートルの高さのところに、かろうじてぶら下がっている飛び込み台と化していた。
向こうには静かに鎮座する海がみえる。今はおとなしくしているあの海から吹く風が、コンクリートでできたベランダをまるで紙のように切り落とし、木でできた手すりを木の葉のように叩き落したのだ。そして、住人の思い出を遠くへやってしまったのである。
再び廊下へ出た。さらに上の階へ登る。
向こうから差し込む光が美しい。
また一つの部屋に入った。さっき見た部屋とはずいぶん違う。
床に「紙」が散乱している。
新聞や雑誌。写真の雰囲気からしてずいぶん古そうだ。
どうしてこの部屋だけこんなに紙が現存しているのだろう。
ちょうどベランダから(今回は何も考えずに踏み込むへまはしていない)対面の建物が見える。
ベランダの手すりの朽ちているところと残っているところが混在している。
今は手すりだけが崩壊しているが、そのうちこの巨大な建物が瓦解する日が来るのだろうか?光景を想像すると言い知れぬ恐怖感が湧いてきた。
反対側の窓からさっき歩いてきた景色が見える。
「あの渡り廊下はもう歩けないでしょうね。」
Sさんが指差した先には隣の建物への通路があった。
一見したところ、頑強な感じもするが、おそらく誰かが乗っただけで倒壊するだろう。この島にはそんな箇所がたくさんある。案内人がいるというのはこういう理由だ。
同行していた樹崎聖さん(漫画家・お名前をここで出すことはご本人の承諾済みです)が反対側のブロックを見ていった。
「あれってやはり水をためるためにおいてるんですよね。水道は・・?」
「ほんまや。」私とYさんもそちらを見つめる。
手すりのなくなったベランダにドン!と乗っている。あまり見慣れない光景だ。
「水道がないときもあったんですよ。」Sさんが答える。
上の写真をさらに広角で撮るとこうなる。建物の大きさが分かるだろう。
上の写真でもっとも気になるのは上から二つ目の階である。
巨大なコンクリートの塊が今にも落ちそうになっている。あれは大丈夫なのだろうか?
「では、次の建物に行きますよ。」
それぞれの建造物は幾重にも重なっており、地上に降りずとも次々と移動できる。私たちは知らない間に、職員住宅に入っていた。
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