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みんな、ありがとう 普段着お遍路の記

                 2003年 冬編 第11回

帰ることを考え始めていた。今日は12月28日だ。
みんな、正月の支度をしていることだろう。実生活で地に脚をつけて動いていることだろう。



では、僕は?



もうこれで十分やろ・・。おれはよくやった。







いろんな考え方があるかもしれないけど、今回の旅はやはり「歩く」ことに目的があったのは確かだ。
それをいろんな理屈をつけて、自ら放棄したのだ。

「宿に迷惑をかける?」都合のいい詭弁に決まっている。電話をかけたとき、宿のおっちゃんは「うちは、いくら遅くなってもいいですよ。」と言っていたことを意識の底に押し込んでしまっていた。





もういいやん。これだけ歩けば。






帰ることを決めた。









幼少期からこだわりが強く、一つのことを決めれば絶対に貫いていた。
が、その特性は両刃の剣であり、達成ができないときは全てを無にする癖もあった。
まさにいま、私らしい決意をしたのだ。



その宿は、これまで泊った民宿とは様相を異にしており、完全にビジネスホテル風であった。
家庭的な雰囲気でおっちゃんやおばちゃんと会話する楽しみもなさそうだ。
ちょうどいい、情が移らなくてすむ。
             
本来なら宿の前でピースでもしてとってるのだが、その気力などない。
食事もレストランでとるものだった。それもいい。
旅ではなく、これからは旅行と化すのだから。

     

誰も宿泊客はいないのだろうか。宿の中はしんと静まり返っていた。オフシーズンだから当然である。



こんな真冬に誰が好き好んで出歩こう。




ましてや数日後には正月だ。



部屋に帰った。あ、そういえば洗濯をしなくちゃ。さすがにそれくらいは、ね。
部屋の電話で洗濯機の場所を尋ねる。コイン式の洗濯機があるらしい。これもビジネスホテル的だ。

一回の洗濯場の側に、誰かいる。20代の女性のようだ。軽く会釈をする。宿泊客がいたのか。そうか。
セッティングをして部屋に戻ろうとすると、さっきの女性が追いかけてきた。

「あの、このジュースどうぞ。」
「え?」
「洗濯するのに小銭がなくて自販機で買ったんですけど、なんかお疲れのようですし、どうぞ。」
「あ、いいんですか。」
「いいですよ。歩いてお遍路をされてるんですよね。」
「わかりますか。」
「だって脚が随分いたそうだし。随分、歩かれてるんですよね。」
「そうですね。一日40キロくらいですね。あなたは。」
「わあ、そんなにあるいてるんですか。すごいなあ。私も遍路なんですけど、でも、明日くらいに帰ろうかなって思ってます。人も多くなってきたし。あなたは、まだ歩かれるんですよね?」
「え、なんでそう思うんですか?」
「歩きたそうですよ。じゃ、これで。」
その女性は自分の部屋に入っていった。


しばし、彼女の言ったことを反芻していた。
     「すごいなあ。」
・・・・・・・すごい?おれが?
     「歩きたそうですよ。」
・・・・・・・・歩きたそう・・・。
正直、ずいぶん前の出来事だから、細部にわたっての記憶はあいまいになっていはいるが、こんな会話だった気がする。
歩いていて「えらいね。」とか「楽しそうだね。」と言われたことはあったが、「歩きたそう」といわれたのは初めてだ。部屋の隅の鏡を見てみる。自分の顔は、見慣れたいつものものだ。
彼女の存在が現実のものとは思えなかった。なんか一瞬短い夢を見ていたようだ。
が、現実だ。だって私の手にはあそこでもらったミックスのネクターがあるのだ。





明日は列車を乗りついで、大阪に帰る。7時くらいに起きても大丈夫だろう。
宿の人に7:30の食事を電話で依頼をして、床についた。
「俺は歩きたがっている」何度も思い返しながらいつの間にか眠っていた。






ぐっすりねむった。目が覚めたがいやに薄暗い。天気、悪いな・・。まあいいか。
窓の外の写真を撮った。







おかしい。








真っ暗だ。






7時ではない。まだ6時前ではないか。








そのことに気付いたとき、胸がかきむしられる思いがした。





普段の生活では絶対に考えられない時間での起床。














旅人としての起床。



帰ることを決意したのに、体が旅人として動いている。
俺の体が!







食堂に降りた。まだ6時過ぎだ。でも体がそこへ向かった。
「あのお願いした時間とは違うんですけど、食べられますか?」
「いいですよ。もう作ってますからゆっくり食べてください。あの、あなたの脚、とても痛そうですけど、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫ですよ。」
「えらいわねえ。年越しはおうちでするの?」









「年越しですか。








年越しは・・・・・・











・・・・・四国でします



「そう、そこまでするの。立派ねえ。その思いがあれば脚も治りますよ。」
宿代を払うとき、奥さんは両手を合わせて拝むように受け取ってくれた。最初はビジネスライクを感じていたその宿がたまらなく好きになった。
そして、四国も。







宿を出てもすぐには歩けなかった。じっと道路を見つめた。
この道はどこへ続くのだろう。





・・・・・・・・・・・・それは









歩いてみれば分かるのだ。












宿のおばちゃんが、食堂から手を振ってくれた。私は頭を下げた。おばちゃんが何か言っている。
「いってらっしゃい。お遍路さん。どうもありがとう。」

その刹那、大事なことを思い出した。昨日ジュースをくれた女性に「ありがとう」を言わなかったではないか。だから、その分、おばちゃんに大きな声で言った。
「ありがとう。行ってきます!」




脚が言うことをきかなかった。
この旅で一番痛めつけられているはずの脚が、一番遍路を続けたがっている。



日の光が射し込んできた。

冷たい向かい風が吹いてきたが、私はそちらへ向かって歩き出した。

彼女が私を見て「歩きたがっている」といった。旅人にとってこの上もない賛辞だ。ここまで来れたのは自分だけの力ではない。多くの人の助力があったからだ。もう、迷わない。
私の背中を押してくれ、その後いくつかの札所を最後に二度と会えなかった彼女への謝辞をこめて、昨晩の写真をここに掲載する。なお右足のすそをまくっているのはだらしないからではなく、膝の痛みのためである。
                

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 四国八十八ヶ所お遍路セット(スターターセット)

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