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みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記 第一部 第7回



                        あなたは旅に出たとき、それは歩きでも自転車でもバイクでも船でも

                        もちろん車でも電車でも何でもいいのだが、普段の悩みを忘れ去って

                        旅に没頭するほうだろうか。それとも、やっぱり現実の苦悶がなにかと

                        頭をよぎるほうだろうか?


                        幸せなのは断然前者だ。で、私もそうならどれだけいいだろう。残念

                        ながらいつでもどこでも、うじうじと何かと考え込みながら旅をしている

                        のが現実だ。今回のすばらしきお遍路の日々でも、あれもこれもそれも

                        悩みながら歩いてしまった。




                                       



                        そしてこの日も。やむことのない雨に悩み仕事のことで気を重くしながら

                        歩く不思議な旅人であった。





                          何にそんなに悩んでるかって?遍路直前の四月にうつったばかりの職場

                        の雰囲気である。昨年までは嵐のように忙しいところにいたが、人とし

                        ての慈しみを感じた。


                        今は・・・・・・・・・・・・・・・・・表情なく、ただ、勤務時間が終わるまで

                        耐えて一日が終わる。朝が怖い。吐き気と胸の苦しみが毎日襲う。

                        ペ〜ペ〜の社会人なのだが、働くというのがこういうことなのだろうか?

                        ということで、そんな私の旅の記録である。







                        雨の時間が長くなるにしたがい、車はもちろん人もいなくなった。

                        いつの間にか時間の観念をなくしていた。旅に出ると、スケジュール

                        から開放されるため、そうなることがあるが、この場合は雨への

                        ストレスからそうなったようだ。ところどころにできた水溜りをよけるの

                        に苦労していたが、いつの間にかそれすらできなくなった。見渡す

                        限りの道が、にごった色をした湖になっていた。そういえば今年は梅雨

                        明けしただろうか?


                        ふいに小雨になった。


                        ようやくあたりを見渡す余裕ができた。今まで寄り添うようにたって

                        いた古い家並みは間隔をおいて建ち、その合間にすでにお辞儀をし

                        始めた稲穂が並んだ田んぼが見えた。


                        そしてその向こうに新旧を象徴する琺瑯看板が並んでいた。

  


                                 

                                       実は私は古い琺瑯看板が大好きである。実にいい光景だ。







                        向こうから一台の自転車がやってきた。

                        かなり大きな荷物を積んでいる。やはり旅人だ。

                        かなり若い。中学生くらいだ。向こうもリュックを背負った私に気づき、

                        お互いに挨拶をした。



                        わずか一瞬の出会いだが、こんな偶然にあふれた瞬間のふれあい

                        が、旅の何よりの思い出となる。

                        尊きことよ、

                        
毎日会っていても心が分からない人もいれば、

                 数秒あっただけなのに、いつも記憶に新しい人もいる。



                      
これから数日続く遍路生活の中で、どれだけの人と出会うだろう。

                        すべてを記憶からこぼれ落とすことなく、私の財産としたい。



                        見通しのよかった道は、やがて川を渡るとすぐに左に折れた。

                        今までよりずっと細い道だ。通る人もなく、両脇の家からも物音

                        ひとつしない。なんだか心細い。赤ちゃんを抱いた一人の女の人

                        が一度出てきたが、私を一瞥するとまた家に入ってしまった。

                        余計にさびしくなる。




                        前から一台の車がやってきた。なぜか、私に近づいたところで

                        スピードを落とした、と思うと中からこんな声が聞こえてきたのである。






                 
 「ピースケ君(実際は私の本名)、がんばって!」

                        そういうとまた、車はどこかへ走り去っていったのだ。






                        へ?






                        なんで、通りすがりの人が私の名前を?

                                       


                        こんなところに知り合いはいない。

                        いつの間に、私は有名になったのだろう?マジでわからない。

                        不意を打たれた私は、その場に立ちすくんだ。振り返って車を

                        見たがもう走り去っていた。


                        うれしいも怖いも何もかも入り混じった混乱が私の体全部を

                        覆いつくしていた。今は、お遍路のことも仕事のこともどこかへ

                        消えていた。目の前の謎を解くことに脳全体が動いていた。



                        また雨が強くなった。いつまでも立っていられない。再び

                        歩き出す。程なく、向こう側に今まで見た中で一番大きな

                        お寺が見えてきた。



                                       

                                     
 第六番霊場 安楽寺 7日午後4時1分


                        この写真を今確認してひどく驚いたことがある。第五番を

                        出てから一時間少しでついているのだ。もっとかかった

                        様な記憶がある。したがって前章の記述は、その私の

                        記憶を頼りに書いたものなので、事実と違う部分もあるかも

                        しれない。


                        今日の札所めぐりはここでおわる。昨夜、こちらの宿坊を

                        予約しておいたのだ。

                        本来なら野宿をしたいところなのだが、この雨ではさすがに

                        つらい。



                        霊場が運営する宿泊所、宿坊。実は私はもっと質素なものと

                        思っていた。お寺の裏手あたりにプレハブの小屋でもたっている

                        かとおもっていた。が、実に大きく立派な建物だった。




          


                        旅館に匹敵する丁寧な接客で部屋まで案内していただいた。



                        ふと、後ろを振り向いた。





                        うわ!


                        廊下を歩いた私の軌跡が一条の水となって続いている。

                        きれいな板の廊下がずぶぬれだ。

                        しかも、その廊下をすかさずおばちゃんがふいている。

                        「あ、すいません、犯人、僕です。ふきます。」

                        「あ、いいのよ、今拭こうと思ったところだったから。行きなさい、

                        疲れてるんでしょう。」

                        その言葉どおり、本当に私は行ってしまった。

                        すいません、親切そうなおばちゃん。いや、おねえさん。




                        廊下を歩きながら向こうから一人のおっちゃんがやってきた。

                        その人はこういったのだ。







                        「やあ、ピースケ君、お疲れ様。」






                        ふんぎゃ〜!?


 
                        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・また時間が止まった。

                        なんで?わたくしのような者の名前を?四国では実は知らない間に

                        有名になっていたんだろうか?





                        実に単純なことだった。この人はこの宿坊の人で昨日の

                        私の予約の電話をとってくれていたのだ。

                        「あの道をこんな時間に歩いてるんだから、すぐわかったよ。」





                        なああぁぁぁんや!かなりがっかりしてしまった。謎は謎のままで

                        おいておきたかったなあ。知らないままでいたほうがずっと素敵な

                        こともあるのだ。


                        風呂に行った。

                        50代と思しきおっちゃんと、そのおっちゃんと私の間をとったくらい

                        の年齢の男の人がいた。旅人同士、普通に会話が始まる。

                        聞いてみると、三人とも初遍路。

                        「君は、さっき赤いカッパ着て歩いてた子か?」おっちゃんが聞いて

                        きた。どうやら先程の車に乗っていたらしい。


                        二人が風呂から上がると私だけになった。となるとやっぱりこれを

                        やりたい。すでに筋肉痛の始まった足を引きずってセッティング。


                        カシャ!




                        馬鹿馬鹿しい写真だが、あとで見ると多分いい思い出なのだ。

                        (・・・・・・・・・・・・・・とおもう。)

                        この湯は温泉であり、弘法の湯という。

                        今日の宿泊客は四人だけなので、大浴場には湯は入れていな

                        かった。せっかくだから、そちらのほうに入りたかった。



                        食事場所には先ほどの二人と、若い方の男の人の奥さんがいた。

                        この夫婦、どうも見覚えがある。

                        そうか、四番札所にいた自転車遍路さんなのだ。もう一人の男の

                        人は三重からきていた。やはり歩きらしい。



                        洗濯をしたかったがなぜか洗濯機が外にあった。この雨の中に出て

                        行く気にはなれない。しょうがない。洗面所で洗うことにする。

                        それも持っていたボディソープで洗ってみる。


                        いやあ、こういうのも旅らしくていいなあ・・。





                        部屋に戻った。外は雨の音がまだ続いていた。することは一つ

                        しかない。

                        あ〜、この布団の感触。さっきまで、全身ずぶぬれだったのが

                        うそみたいだ。毎日入っている布団がこんなにすばらしいとは。

                        旅に出ると当たり前の中に幸せがあることに気づかされる。


                                          




                        実に月並みな振り返り方だが、それでも、やはり今日一日は

                        すばらしかった。生まれて初めてのことばかりであり、目に映る

                        すべてのものが新しかった。


                        たった一人で怖かったけど、俺はとりあえず、今日はがんばれた。

                        それだけで十分だ。


                        明日も雨だろうか・・・?枕もとのテレビから明日は台風が直撃する

                        というニュースを流していた。嵐は容赦してくれないらしい。                              


















                            

                                       NHK趣味悠々『四国八十八ヶ所 はじめてのお遍路

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