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みんな、ありがとう 普段着お遍路歩き遍路の記 第一部 第6回



                           小さな路地裏だった。大きな家はなかった。寄り添うように植木鉢が

                           並べられている。

                           少ない空間を大切にする、その家の持ち主の心が伝わってきた。

                           そんな生活の匂いあふれる道にもへんろシールは貼ってある。

                           他の家よりもなお小さいタバコ屋があった。その前に公衆電話がある。

                           十円玉専用の電話をはじめて見た。でも不自然ではない。何十年も

                           前からこの地にあるのだろう。

                           携帯電話やテレホンカードを生活の中に取り入れない日傘をさした

                           おばあちゃんが、がま口から十円を出して孫に電話をする光景がふと

                           心に浮かんだ。私はその街並みがたまらなく好きになった。
                       
                           汚れた猫が目の前を横切った。



                           しばらく行くと、自販機の前に三人の男の子がいた。これからジュース

                           を買うようだ。

                           小学校低学年の子が二人とそれより二つ三つ小さそうな子だ。

                           投入口にお金を入れたのはいいが、ボタンに手が届かなくて

                           困っていた。

                           「どれがほしいの、押してあげようか?」

                           「うん。」

                           もう一人の子は自分の手が届くところを押すといった。

                           「そう、じゃあ、ばいばい。」私は手を振って別れた。


 
                           今でも気にかかってることがある。あの子はちゃんと欲しいものが

                           かえたのだろうか。

                           何より、もう一人、一番小さな子はお金を持っていなかった気がする。

                           あの子はどうしたのだろう。

                           お兄ちゃんのを少しだけもらったのだろうか。

                           それとも、がまんしたのだろうか。

                           永久にわからない答えを探して、今も考えてしまう。












                           何もない道は退屈だ。さっきまでは素敵なところを歩いていたのに

                           もう何もない。まわり道は工事用の道路と交叉していた。

                           そして不意に大きな道路に出た。右はのぼりで左はくだりだった。

                           絶対左が好きだ。


                           が、当然四番の霊場は右の奥にあった。山の中にいたときは

                           わからなかったのに、こうして広いところに出るとあたりの暗さが

                           気になる。空を見上げる勇気はなかった。見なくてもわかる。



                           今までで一番小さな霊場。右側の駐車場には車が停まっていなかった。

                           山門から夫婦と思われる男女が出てきた。もちろん知らない人なのだが

                           お互い挨拶をする。自転車遍路だそうだ。



                           ええなあ・・。あるかんでもええんや。





                           は?!・・・・・・俺、今、何考えてたんだろう?

                           初日から襲い掛かった弱気を振り払い写真を撮る。



                                   
                                          

                                               
 四番霊場大日寺 午後2時7分  まだまだ笑顔






                           五番霊場は今の道を逆に戻る。すなわち下り。すばらしい・・・。

                           これなら楽勝だ。

                           楽勝・・・・・。

                           楽・・・・。





                           んげ!?

                           今、ポツッときたぞ・・。まさか・・・・・。





                           いや〜。わかってはいたが、実際来るとやはりへこんでしまう・・・。

                           しかしだ、この異常な重さのリュックを下ろし、中からカッパを出し

                           着込んでまたリュックを背負うという一連の動作は、想像を絶する

                           面倒くささなのだ。

                           もう、いい。カッパはやめる。強行突破でいけるところまで歩くのだ。





                           こういう決意をするとたいがいは絶対に雨支度をしなければ

                           いけないくらい降るものである。





                           地面に黒い斑点がぽつぽつとつき始めた。それはやがて隙間が

                           なくなりアスファルト全体が黒く湿ってきた。




                                 気のせい、気のせい・・・。






                           あたりの木々がぱちばちと音を立てだした。それにあたって水の

                           粒が私の頭を刺激する。







                                   が、これも気のせいなのだ。




                           ダー!!  背後からすさまじい音をともなって雨が襲ってきた。





                           ふんぎゃ〜、気のせいじゃない!




                           大雨である。

                           もう目の前の電柱すら見えない。雨は粒ではなく一本の線となって

                           地上に降り注いできた。路面に当たった水滴はそのまま跳ね返り

                           生き物のように動きながら勢いよく私の足をぬらしてきた。



                           やばい。限界。あわてて合羽を着て、リュックを背負い歩き出した。

                                             ↑

                           今、一行で書いてしまったのだが、実はこの動作に三分近くの

                           時間がかかっている。中の寝袋がぬれていないかだけが心配だ。

                           合羽を着ての歩きというのは実に困難である。視界はさえぎられるし

                           耳元に当たる雨音はフード越しだと倍増する。







                           着替えがおわって、初めて私は周りを見渡した。どこもかしこも

                           同じ景色だ。灰色の霧に覆われたようで進むべき遍路道すら
 
                           見えない。杖を突きながら歩いているのだが、その音が聞こ

                           えない。


                           およその見当をつけて歩き出した。すでに路面には巨大な水たまり

                           ができていて、そのつど迂回を強いられた。



                           国道を越えた。早くもシャツがぬれ始めた。雨がしみこんだのでは

                           ない。汗が外へ出て行かないのだ。気持ち悪い。でも、着替えなど

                           できない。


                           この間の三十分ほどの記憶が今の私にはない。それだけ、

                           苦痛だったのだろうか。



                           五番霊場地蔵寺が、見えた。いや、見えはしないのだが、なんとなく

                           ここだという場所に着いた。



                           あたり!やっぱりあった・・・。お寺めぐりも五軒目だとそういう勘が

                           研がれるのだ。すばらしい。


                           さて、大師堂はどこだろう・・・・?



                           おんや?あらへん・・・。







                           ・・・・・・・・・・また・・・・・・・・やんけ・・・。





                           ここは地蔵寺ではない。ここは五百羅漢という番外霊場であった。

                           本日二度目の間違い。さっき、自分に勘が研ぎ澄まされたとか、

                           訳のわからない自信を持ったことを撤回する。





                           地蔵寺はすぐ裏にあった。よかった。歩かなくてすむ。






                           納経所の大変親切な女性が道を地図つきで教えてくれた。

                           ここから六番霊場安楽寺が今までで最長なのだ。よりによって

                           こんな雨のときに。



                           番外霊場と間違えたため裏口から入った私は、納経が終わってから

                           写真を撮った。実はカメラがぬれるのがいやで、今回はセルフショットは

                           なしにしようと思った。今までは三脚を使用していたのだ。だが、

                           都合よく一人のおっちゃんが車から出てきてお寺にはいろうとしていた

                           ので、お願いしてシャッターを押してもらった。




                                           

                                                
五番霊場 地蔵寺 7日午後2時40分ごろ到着 

                                                              知らないおっちゃんに撮影してもらう。やっぱ笑顔だった・・・。





                           「坊や、歩いてお遍路さんをしているの?」


                           ・・・・・坊や?


                           「は、はい。そうです。」

                           「そう、若いのにえらいなあ。気をつけていきや。坊や。」

                           そういうとおっちゃんはお寺の中に消えていった。

                           ・・・・・・坊や?


                           遍路をしていると若いのにえらいねえといわれると本で読んだ。

                           結局、私も言われた。記念すべき第一回目の「えらい」であった。

                           ただし、「坊や」とは・・・。




                           再び、住宅にはさまれた遍路道に戻る。



                           たちこめる妖気の中に、黒い影がうごめいている。

                           みんな車で走り去っていく・・。一台、また一台と私を追いぬいては

                           かなたへと消えていった。歩いている人など、いない。


                                   



                           数時間前までのどかだった四国は別の顔を見せた。

                           その中を私はずっしりと重い荷物を持って歩いている。どこからか

                           おそらくは、空の上から大きな顔が私を見つめている気がした。

                           先人たちはどうやってこんな中を歩いたのだろう。カッパなどなかった

                           時代の人たちはぬれながら歩いたのだろうか。





                           この時、私は歩き遍路の厳しさの、一片、本当にわずかなのだが
 
                           それでも遍路がどういうものかを垣間見たように思えた。




                           雨は決してやまなかった。いつまでも降り続けた。そして、私も

                           距離と時間を無限に感じながら歩き続けた。




                                         



                                                                  

                              

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