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      限界のそのまた先へ 紀伊半島迷いの一周 5



                      これは考えてはいけないことなのかもしれないが、それでも毎回

                    思うことがある。

                    山奥に民家があると、「この辺の人たちはどこで買い物をしているのだろう。」

                    「子どもたちはどこの学校に通っているのだろう。」そして「よくもこんなところに

                    こんな大きな家を建てたものだ。」と思ってしまう。あなたはそんなことを考えた

                    りはしないだろうか?普段気にならないことに敏感になるのが旅先だ。




                   角を曲がったときに不意にきれいな橋が見えた。そして渓流。景色の美しさに

                   バイクを停め川に下りてみた。

                   「よくもこんな丈夫な橋をつくったものやな。」

                   「うん、人間の力はすごいわ。」Dも心から感服した声を出す。

                   川原に座り込みながら、橋を見上げる。気温が低いせいだろうか。五月なのに

                   まだ桜がさいていた。

                    
                  
関東の皆さん、これが日本一の谷瀬のつり橋ですよ




                  ウソである。。

                  前にも書いたが私は旅に出るとこんな何気ない景色の写真をいっぱい

                  撮ってしまう。普段生活していたら実に取るに足らないものだ。



                  だが、
感覚が敏感になる旅先では目に映るものすべてに

             喜びを感じる。




                 今、こうして何気なくHPに貼り付けたが、やっぱり・・・どうでもいい感じもするが。

                 一応はっておく。


                 私たちは偉大なる橋を後にした。今度はDが先に走り始める。両脇の緑が美しい。

                  


                 午前十時半を少し回ったところだったが、もっと遅い時間の気がした。旅の日は

                 朝が早いせいかいつもこう感じる。






                 先ほどの橋の余韻が覚めやらぬころ、向こうに一本の細い線が見えてきた。

                 谷間の間に数百メートルはあろうか、黒いラインが見えるのだ。近づくにつれ、

                 その細い線は数を増していく。横にしかなかった線は、縦にも現れてきた。



                 その頼りないラインの下側は恐ろしく広い空間が広がっている。




                 Dがゆっくりとブレーキをかけた。白の鉄骨が目の前にある。これがあの巨大な橋を

                 支える唯一、(いや向こう岸にもあるから唯ニのか?)命綱なのだ。つり橋としては

                 日本最大の谷瀬のつり橋。はじめてみた。どうやって作ったのだろう、まずは向こう岸に

                 ロープを渡すところからして、やり方がわからない。



                 「これ、マジすごいな。」Dが興奮した声を出す。

                 「ほんまや、さっきのとは比べ物にならへん。」

                 「あほう、比較になるかい!」たしかにそうだ。比べるべくもない。先ほど、赤い橋に心を

                 躍らせて、偉大なるなどと表現していたが、もう、そんなものはどうでもよくなっていた。

                 人間の感動は長くは続かずすぐに目移りする。



                         

                    しかし、これは本当にすごい。上の写真でも橋の上に人間が写っているが

                   お分かりだろうか?

                   大きさを比べていただきたい。

                   かの有名な橋なのだから心配はないはずだ。だが、私の目にはどうしても

                   頼りないものに見えてしょうがない。紐を渡しその上に板をのせているだけに

                   思える。もちろん大丈夫なように作っているに違いないのだが、それでも・・。

   

                  まあ、いい。ここまできたら渡らないわけには行かないし、ゆっくり静かにわたれば

                  安心だ。

                  よし、いくぞ、ゆっくり静かに、私は足を踏み出そうと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                  したときにだ、Dは無粋なことを言った。



  
           「よし、今から青春しようぜ!」




                 あ〜わすれてた!ここで青春ごっこをやることになっていたのだ。私の恐怖感に

                 気づかないのかDは興奮した声でしゃべり続ける。

                 「ええか、途中までは普通にわたって真ん中に来たら、打ち合わせどおり

                 『みよ!向こう岸が見える!』って叫んで全力で走りだすんやで!

                 ええな、それで。」 
(註:つり橋で走ることは禁止されています。)

   

                 そうなのだ。前日、こんなあほな企画を立てていたのだ。谷瀬のつり橋がどれほど

                 高いかも考えずに。



                「すっげえやん、この橋。まじ青春ごっこおもろそう。」必死で興奮している。

                こいつには神経が通っているのだろうか。


                私の返答も待たずに彼がわたりだした。

                やばい、これはやばいぞ。思ったよりもゆれる。高所恐怖症ではなさそうなDも

                足元をみつめて歩いている。

                今まで私たちを支えていた大地が不意に消えた。はるか下に猛烈な高さの空間が

                広がっている。

                土手が切れて、いきなり絶壁の断崖が見えた。

                前方を見た。長身のDのうんと向こうには対岸が見える。それは別世界のように

                見えた。

                再び下を見る。あかん!こっちのほうがもっと別世界や!高すぎ!

                一歩踏みしめるごとに高さが増していくのがはっきりとわかる。下方に腹の立つくらい

                ゆるやかで優しい顔をした川が流れていた。


                それでも私たちは歩き続ける。ここで三分の一くらいだろうか。今までは無限に続く板と

                その横から見え隠れする恐怖の空間を交互にながら、普通の歩幅で歩いていたが、

                しばらくたつと半歩ずつしか足を運べないことに気づいた。心では安全だし、普通に歩くだけ

                でいいとわかっているのだが、体が、そして臆病な私の脳みその一部が

                「歩くな。落ちるぞ。」と不愉快な脅しをかけてきているのだ。足がすくむという経験

                をはじめてした。

                下にはいくつものテントが見える。人の姿もかろうじてわかった。


    

                 ふりかえった。頼みの大地はずっと後ろへ行ってしまっていた。ここまで来たら

                 前に進むしかない。

   

                 風がふいた。決して強いものではなかったのだが、大きく左右にゆれる。

                 うげ!こわい!もう、

                 やめて!

                 つり橋は風に敏感であることをここで学んだ。

                 私の足運びはさらに小さくなりもう20センチ間隔でしか動かせなくなっていた。

                 もう一度風がふいたら、ゲロをはいてしまいそうだ。

                 心なしかめまいもする。気持ち的にはこの辺が限界だった。




                  Dは何も考えずに悠然と歩く。私との距離が開き始めた。彼は年配の男性を

                  追い抜いた。

                  ちょうどつり橋の半分くらいまで来たところで彼はふりかえった。

                  笑っている・・。やっぱりあのアホはやるのか?あれを。おいおい、まじかよ?

                  Dは笑いながらじっと私の顔を見つめる。

                  「お前・・・顔、真っ白やで??」

                  「真っ白?」

                  「っていうか、青い。・・・・・・・・・・・・・・・あ!おまえ貧血おこしてるぞ!!あほや!

                  
つり橋くらいで貧血おこしてる!!すっげえ!!」



                  たしかにそのとおりだった。さっきからめまいがしていたが、そうか・・・私は

                  恐怖のあまりついに貧血まで起こしたか・・・。


                  げ〜!なさけね〜!

                 「ってことで、あれやるぞ、青春ごっこ。」

                 「まじ?」

                 「あ、お前裏切るんか?帰ったら貧血のこと、ばらすぞ!」

                 それだけはやめて、お願い。

                 「いくで!」Dが弾んだ声を出す。実にうれしそうだ。幸い(この場合は不幸というべきか)

                 向こう岸まで人はいない。

                 「みよ!向こう岸が見える!」Dはものすごい声を出して走り始めた。

                 (註:つり橋で走ることは禁止されています。よい子はまねしないでね)

                つり橋が揺れる!あ・・・・・でも、俺も行かなくちゃ・・でないと言いふらされる、

                貧血事件のこと・・。

                行こう。




                そうおもったとき・・・。






   
                   ば〜ん!








                前方で何かが弾けた音がした。なんやねん?



                ・・・・・・・・・・・・・・・・とみると、なんとDが力いっぱい・・・・・・・・・・・・・・・









 
        橋の上で転んでいた!    (註:よい子はまねしないでね。)





                                          あほや!



               彼はゆっくりと起き上がった。

               「痛!危なかった・・。ごめん、揺らしたな。やっぱ走るのやめようか・・。」

               照れからか彼はそんな大人びたことを言ったその瞬間・・・・・・・・・・・・・・・・




               Dの右の鼻腔から、
ゆっくりとしかし確実に、赤い美しい液体が流れ出してきた


 


               これは、まさか・・・・・。



 

               そう・・・・・かの有名な・・・・・・・。




 

             
鼻血や〜!



 
                  
ぶらぼ〜〜!






                                             (註:良い子も悪い子もまねしないでね。)



             「お前、
鼻血出してるぞ!すっげえ、谷瀬のつり橋でころんで鼻血出してる〜!」

             「まじ!?うわ、ほんまや・・。」彼はあわててティッシュを鼻に詰めだした。

             私は喜びの絶頂だった。

             谷瀬のつり橋で一人は
貧血を起こし、向かい合う一人は鼻血を出している。

             どっちが格好悪いか?決まっている。
鼻血君である。

             へへへへへ、ざまーみろ!私の貧血を言いふらすなどというからなのだ。


  
             Dがおそるおそる言う。「あのさ、このことはさ・・。」

             「わかってるよ。誰にも言えへんって・・。そのかわり俺の貧血のことも言うなよ。」

             こうして二人は誓いを立てた。そして、よく考えると私は今、あのときの誓いを

             破っているではないか・・。まあ、いいか。



             すばらしい鼻血事件のおかげで、残り4分の一ほどは何も考えずにわたることが

             できた。



             再びバイクにまたがったとき、雨が落ちてきた。やばい、またか。いそがねば・・。


                                                 




                                          




  

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