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                      限界のそのまた先へ 紀伊半島迷いの一周 6




バイクを南へ南へと走らせる。こうして旅に出ると改めて自分の見識の狭さに

気づくことがある。国道はどこでも広く走りやすいものだと思っていたが、谷瀬

のつり橋を越え、十津川村の中央まで来ると、曲がりくねり見通しが悪くなる。

だが、その雰囲気は悪いものではない。いかにも秘境的であり、整備された都

会の道よりもずっと魅力がある。



雨は小康状態を保っていた。前を走るDのメットの脇からなにか白いものがちら

ちらしている。あれはなんだろう・・?あ・・・ティッシュや・・。鼻に詰めたティッシュ

がゆれている。



滝という交差点を曲がりさらに細い道をすすむ。私の感覚からすると信じられない

ような不便な場所ではあるのだが、ごく普通に民家が並び、そしてその前で子ど

もが遊んでいたりする。狭い見識では見るには足らないくらい、日本は実は広い

国なのかもしれない。



私が地方を旅するときに、なにより楽しみにしていることがある。きれいな景色を見た

り厳かな寺院に目が行くなどといった格調高いものではない。ましてやグルメな話で

もない。


 バス停があるとつい見てしまう。いったい一日何本あるのだろう、どんなバス停なの

  だろうと興味がわいてしまう。

2 小さなお店も大好きだ。できればおばあさんが店番をしていてほしい。

3 そして何よりその店先に下がっている看板が好きだ。古いコーラやファンタなどの

  金属製の看板ならなおいっそうよい。


趣味嗜好が違う方からするとどうでもいいことかもしれない。が、これまでの私の旅の経

験から目の行き所がなぜかこういったところに特化されていったのだ。理由はわからな

いがこの癖は今も続いている。



不意にDが急ブレーキをかけた。

「どうしたん?鼻血か?」

「ちゃうよ・・・ちゃう・・。この景色・・。」彼の目は遠くを仰いでいた。私も周りを見た。どうっ

てことない景色である。

「すごいよな、めちゃきれいやん・・・。」

「・・・・・・きれい・・か?」

なにも言わずに彼がこだわった景色をお見せしよう。




                       

どうだろう?きれいだろうか?彼は、この光景に情緒を趣を感じたという。

先に私は人によって趣味嗜好が違うみたいなことを書いた。これもその範囲内なのだろう。

が、やっぱきれいなのかな・・・?これ。


さて、道は期待通りどんどん細くなり民家も見えなくなった。両脇にはうっそうとした木が生い茂り

先ほど降った雨が風に乗って木の葉の上からこちらに向かってくる。次の目的地は実のところ

どんなところか私はわかっていなかった。ただ、Dが大変に興味を持って行きたがっていた場所

なのだ。そんな旅も好きである。予備知識なしで進むこともまた楽しい。


でも、本当にいったいどこへ向かっているのだろう??



一時間ほど、走ったと思う。いい加減、周囲の緑にも飽きた。きれいなことはきれいだが

ずっと見せられるとね、やっぱり。



Dがおもむろにバイクを停めた。

「なあ、ここ、どこ?」

「どろ、や。」

「泥??」

「そう、どろ。どうしても来たかってん。こっちやで。」

Dはそういうと民家の横の小さな階段を下りる。垣根の向こうから、ちらと緑色が見えた。

不意に目の前の景色がひらけた。

そうか、どろか・・。美しい・・。どろがこんなにきれいだとは知らなかった。

あなたもどうぞご覧ください。どろの美しさを・・。

           


正しくは瀞峡(どろきょう)という。奈良県の北山川の両側に広がる渓谷であり、土色をした

絶壁とその向こうに広がる深緑の原生林、そして下部に流れるさらに深い緑色をした川の

流れの組み合わせが絶妙な場所である。


川原に下りた。さすがにこんな場所は誰もほっておかない。たくさんの観光客と、それを相手

にした店がたくさん出ていた。特に、中年のおばちゃまたちがたくさんおられて遊覧船の乗り

場に列を作っていた。

今回の私たちは「美」を感じないところには近寄るのを本能的に避けている。したがってその

集団からはなれ、人のいないところに歩みを進めた。


近畿地方の川としては実に流れがゆっくりとしている。深さは想像つかない。


「腹減ったなあ・・。」

「ほんまや、昼飯忘れてる・・。どうする?」ふと見ると鮎の塩焼き500円が売っていた。普段なら

絶対に食べない値段だが、旅に出るとためらいもなく買えてしまう。一匹食べた瞬間に腹の虫が

なった。魚一つでは満腹になろうはずがない。が、二匹で千円・・・・・、はさすがに無理だ。した

がって走って忘れることにする。



「次はどこ行く?」

「日本一のつり橋いったやろ?」

「うん。」

「今、日本一きれいな渓谷を見たやん。」

「せやな。」

「日本一の鮎も食ったやん。」

「これって日本一なん?」

「そうや。じゃあ次は日本一のあれやろ。」

「なに?わからへん・・。」

「まあええわ、ついてきて。」

今日はDについて行くとどんどんきれいなものが見られそうな気がする。そういえば雨は

完全にやんでいる。朝早く出発したのに、もう太陽は頭の上に来ていた。旅に出るとどう

してこんなに時間がたつのが早いのだろう。



道は、一転して下り続ける。周りに人家がない。山奥のままだ。昨日は寒くて凍えていた

のに、今のこの気温は心地よい。



あなたは今どこにお住まいなのだろうか?電車を使わずこうしてバイクや自転車で旅をして

いてひどく驚くことがある。いつまでもいつまでも、家もなく人通りもないところを走っていた

のに、突然都市が目の前に登場するといった経験がある。大阪や東京のように都市を基

点として徐々に人家が減っていくところというのは、それほど多くはない。間欠的に集落が

点在している県のほうが実は多いのだ。放浪をしているとそんなことも目に付いてしまう。

机上で学ぶよりもずっと体に染み付く地理の知識である。



そして今も山奥から不意に都会に出た。大げさではない。169号線をさけ740号線を走って

いた。新宮市に入り、海の気配がした瞬間の出来事だった。今まで山道を走っていたのに

目の前に信号があり、スタンドがあり、マンションがあり、おばあさんが走っている。

私の動揺に気づいたかどうかはわからないが、Dはさらにバイクを走らせる。

左手に海が見える。一枚海をバックに写真を撮りたいな、そう思ったときDは右に曲がった。

またどんどん山の中に入っていく。遠くに山が見えてきた。その山から一条の光がさしている。







・・いや、光ではない。滝である。そう、彼が見たかったのはかの有名なこの滝だったのだ。

完全に近くには寄れないのだが十分だ。「荘厳」という言葉を作ったのは誰だか知らないが

まさにそのイメージが合う存在感だった。

                        



でかい。そして、もう使いすぎた観はあるがやはり「美しい」。大自然を前にしてあなたは

この偉大な存在は自分が死んでも、そして人類が滅んでもずっとここにあるんだろうなと、

考えたことはないだろうか?この那智の滝から狂瀾怒涛のように砕け落ちる水は私にそんな

ことを思わせた。

偉大なる大自然よ・・・・・、そして神よ・・・・・、おお・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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「おい、飯行くぞ。」

「ふんぎゃ〜!」なんやねん、人がせっかく感傷にふけっていたのに。







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