みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記 
                         第一部(2003年夏編)
 

                       
最終回



いよいよゴールが迫ってきたという実感は、どこかへ消えうせていた。
海からの涼しい風は林にさえぎられ、しかしそのくせ、天からの水は木々の樹液を伴って私の体をぬらしにくる。カッパがべたべたしそうだ。
遍路の第一部を終えるに至って、いまだ私の心理を支配する感覚、曰く「不愉快」。


両足を踏み出すのに、「どうやって歩けばいいのだろう?」と思案せねばならない。
痛みがそれだけ進行し、もはや感覚を失っていた。
大阪に帰ったとき、ちゃんと回復するのだろうか?

そう、大阪・・。

私の生きる場所は、この緑多きお四国ではなく、かの灰色の街なのだ。
ここ数日は遍路の世界に浸っていた私の心にも現実の入りこむ隙間が生まれた。
そしてその想念がひらめくと、また、次々と悲観的な思いが隙間から心に入り込んできた。
皮肉なことに、帰るべき土地を思い出したことで、遍路区切りうちがもうすぐ終るという、実感が湧いてきた。四国への心からの愛着が再燃し始めた。
曰く、「もう少しだ・・。がんばろう・・・。俺はまだお遍路さんなのだ。」



道は連日の雨のせいで、ぬるぬるだった。うっかりすると転倒しそうだ。苔生した石段は、かの焼山寺への道を思い出した。あの遍路ころがしを登りつづけたのが、ほんの数日前だとは信じがたい。
もう、何ヶ月もこうして歩き続けている気がする。

途中、小さな休憩所があったが、そのまま歩き続けた。
脚はとまりたがっていたが、心がそれを望んでいなかった。
石段の幅が狭くなり、心なしか歩きやすくなってきた。
本当にゴールが近づいてきたのかもしれない。
そして、それは私の前に突きつけられた現実となった。


目の前に不意に現れた建物。


もうこれ以上は歩くことはないと無言で語りかけてくる山門であった。




ああ・・・・・・・・・・・・、ついに・・・・・・・・。





           
               四国霊場24番 最御崎寺到着

ここで、感動のゴールを迎え、万感の感謝と共に遍路区切りうちを終えるのが、普通でありあるべき姿であろう。
だが、私は幾万の先達の、そして現在の遍路の中でもっとも愚かであり、弱い人間であった。
雨にぬれそぼる大師像に向かって、思わずこう願っていた。

「お願いします。旅を終わらせないでください。僕は現実に帰るのが嫌です。」

旅の無事を感謝せず、こんなに利己的なことを考える者もいまい。
だが、本当のことを包み隠さずお話しする。私は、ただの弱々しき人間であった。
そんな私への懲罰であろう、突然雨がやんだ。これまでずっと願っていたことが、旅が終った瞬間になってやっと現実になったのだ。




                        
本堂のそばでカッパを脱いだ。これまでは無造作に丸めてリュックに押し込んだりしていたが、ずっと私を守ってくれていたことにいまさらながらに気づき、丁寧にたたんだ。



「君は、歩きですか?」
横のお兄さんに話しかけられた。
「はい。遍路です。」
「そうか・・。歩きならいろんな人に出会えるでしょうね。いいなあ、歩き旅ができて。僕はバイクだから、あっという間ですよ。」
そうか・・・・・、「いいなあ・・・・・。」か・・・。
僕はそんないい存在なのだろうか?

大師堂に最後の納め札を入れた。
その時、これだけは完全に無意識に出た言葉なのだが、思わず「ありがとうございました」という言葉が、自然に心に浮かんだ。
信仰心も何も持たない私が霊場に向かって自然に感謝した瞬間であった。

そう、「ありがとう。」

これこそが私が今回の遍路で得た唯一の報酬であった。
自分へのありがとうではなく、

他者に感謝する心を自然に持てたのである。



ここに着いたのは、私の体だけではなかった。
200キロを共にやってきた背中のリュックサック、
そのリュックサックにぶら下がった二羽のヒヨコのキーホルダー。
私を遍路に導いてくれた、リュックの中の「サンダル遍路旅日記」。結願した潮見さんの足元にも及ばないが、少しはその域に近づけたのだろうか?私に多くのことを教えてくれたこの本を私は一生手放さない。
潮見さん、ありがとうございました。

           
山を下るとき、再び私は寺の中を見渡した。
もう、ここに来ることはないかもしれない。
そう思うと、霧にむせぶ建物が余計に霞がかって見えた。





下に下りてからのことで特筆することはない。
ただ、中岡慎太郎(誰だか知らない)像の前で写真を撮ったことや、彼が坂本竜馬(これはよく知っている)の仲間だということを初めて知ったことくらいだろうか?
                 



しばらく岬を歩いた。ここが何日も、はるか先に見えていた岬なのか。
そうか・・・、ここなのか・・・。
素敵な思い出をありがとう。
                                                                         

打ち寄せる波の音は、これまでの道と同じだった。
その音ももう聞くことはない。
帰りのバスに乗るまでは。



そのバスがついにやってきた。

海の見える席に座った。

見覚えのある景色が後ろにどんどん流れていく。

                 

海の上に、ようやく太陽が姿を現した。
そういえば、この遍路の間、太陽はどこにいたのだろう?
なぜか、その太陽がぼやけて見える。


うわ・・・・・・・。


俺・・・・・・・、泣いてる・・・・・・・な。
気づかないままに涙を流してる・・・・・・。



目標地点までたどり着いたうれしさと、旅が終わる悲しさと、そして全てのものへの感謝の入りまざった涙であった。



あ・・・・・・・、十戒、完全に0になっちゃった・・・・・・。
まてよ・・・・・・もう一つ0になったものがある。
ずっとカウントダウンしていた数字があった。それがついに

あと0日になったのだ。


それを思うとさらに涙があふれてきた。

その数字に重なるようにして三重県のおっちゃん、Nさんの顔が浮かんだ。
東京のWさんの顔がそれに重なり、どこかで出会ったおばあちゃんを思い出した。モナカありがとうございました。
お接待をくれたおぼうさん、ポン菓子、全部一人で食べました。
宿のおっちゃん、おにぎりありがとうございました。お礼を言わなくてごめんなさい。
車に乗せてくれたおっちゃん、ありがとうございました。
あの時一緒に乗った大学生さん、ものすごい偶然でこのHPを見ていたら、連絡ください。
新潟のKさん、写真送っていただいてありがとうございました。
薬王寺で納め札渡したお遍路さん、HP見てくれましたか。
三浪のOくん。ずっと心配してます。連絡ください。


まだ他にもいっぱいいっぱいいます。
偶然すれ違った人、挨拶してくれた人、
みんな、みんな大好きです。



これ以上書くと、HPを作っている今も本当に泣きそうになるからやめます。

私はこれまで出会った人みんなに約束します。必ず最後まで歩きとおします。







ありがとう、四国!



さよなら!僕の四国!!







                            あとがきへ(よろしければお読みください)

                                               
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