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失われた学校、村、道、鉄道を訪れた日の記録 |
その島は滅びず 無人島浪漫紀行 第13回
迎えの船が来るまであと三時間。
リミットが近い。他の旅なら、また今度来ようという楽しみがあるが、それが望めない。私の生きる道の遠い未来に、この島のことを貴重な体験として誰かに語るときのために、目に映るすべてのものを、脳髄に焼き付けていった。
自然と早足となる。
もっと、見たい。
もっと歩きたい。
すべてを体験したい。
そんな呪縛とも言うべきあせりに追われながら前を目指した。
ふと左に目をやると、低い一階部分の上にこれはもう完全にコンクリート部分が瓦解し、ぐにゃぐにゃとした鉄骨だけが露呈した、その前世が何であるかは分からないオブジェののっている建物がある。
なぜだかは知らないが、私はその建物がたまらなく好きになった。先を急ぐ気持ちはあるのだが、どうしても写真を撮りたかった。
takさんにお願いしてシャッターを押してもらった。
後ろには灯台が小さく見えている。
振り仰ぐと、これはもう砕けられるだけ砕け散った木材をしたがえ、今なお悪魔の城のごとき威光を保った灰色の遺構が丘の上にそびえたっている。
気まぐれに建物の中に入った。
実に素晴らしいタイミングである。本来なら薄暗い廊下の一番向こう側から朝日が差し込み、なんともいえない幻想的な雰囲気を作っている。
かつて、子どもたちはこの光を見ながら登校したのだろう。
背中に光を感じながら、もっと強い光を求めて私たちは屋上へあがった。そこは果たして望みどおりの光景を得ることができた。
高度を上げた太陽が海と、島と、そしていま私たちがいる建物を優しく照らしている。
向こうの島を登りつつある朝日は、海一面を金色に染め、静かにさざめく波を励ますようにその影を際立たせていた。
天候が荒れた日にはこの島は海を驀進するかのごとくに見えたという。そういえば昨日から船はずっと停まったままだ。
島の中でもっとも印象的な建物は何かと聞かれれば、やはり最大規模の65号棟ということになるだろう。
どうして最上階に幼稚園を作ったのだろう。その幼稚園の園庭をかねた屋上のささやかな空間に出てみた。
たしか、昨日もここを訪れたはずだ。
だが、このすてきな物の存在に気づかなかった。急いでいたためだろうか? それとも今よりも心が鈍感だったせいだろうか?
今、鋭敏となった私の心に子どもたちの歌声が響いてくるような、その園庭を写真に収めた。
屋上からはるか下を見下げた。中庭が見える。
今朝の私の心は子どもたちの存在に敏感になっている。
説明を受けたわけではないのだが、中庭がかつての公園であることがなぜか直感できた。ここにも子どもたちがいたのだ。歌声があったのだ。
この私の直感は絶対に当たっていると思った。
今回の旅の行程はすべてtakさんと共にあった。旅の素晴らしさは人との出会いにある。言うまでもない。
偶然出会い、そしてあれから一度もお会いしていないtakさんとの最後の写真をこの屋上で撮った。
幾重にも重なり合い存在感はあるのに、そのすべてが無人である不思議な世界は、夜の帳を抜け一切の色をあらわにしていた。
もったいない・・・・・。
じつにもったいない!
こんなに素敵な光景なのに、二度と見られない世界なのに、やっぱり20時間もたつと当たり前に思えている。
これではいけないのだ。
我が心、もっと驚け、もっと感動せよ!
時間がないのだ。
この二度と見られぬ光景、What a wonderful world!
渡航以来、初めて見た。これがこの島にあったのだ。
かつて、緑なき島といわれ、樹木が存在しなかった。だが、皮肉なことに閉山後、建物の間より命が派生している。
実はこの写真をなぜ撮ったのか、あれから数年たった今、どうしても思い出せない。樹に感動したのだろうか?それとも、建物の感じが良かったのだろうか?
もう一つ、記憶から消えていた写真がある。それがこれである。
なんでこんなものを撮ったのか、執筆にあたり改めて見てひどくなやんだ。
この写真、意味がないではないか。
こうして掲載するに当たりようやく思い出した。ここに昔の人々の生活の名残を、当時の私はみつけていたのだ。
あなたにも見えるだろう。
消えてはいるけど、少しだけ、ほんの少しだけ残った文字を。
ここが人々の生活を支える場所であることを示す「厚生」の文字がわずかに見えるのだ。
瓦礫の中にリキさんを見かけた。(本当に瓦礫の中にたたずんでおられたのだ。)何度もこの地を訪れておられるようで、いろいろなことを教えていただいた。
最後の時をtakさん、そして合流したリキさんとともに歩くこととする。
この信じられない階段を下る。
木造はやはり自然崩壊がはやい。この遺構はまだ保存状態がいいほうである。
いま、どうなっているかは、知らない。
これまでは素人の二人であったため、その歩みは思いつくままであった。
リキさんに先頭を歩いてもらう。これまでの無意味な回廊のような廊下が、今は目的地へ向かうルートとなった。
この向こうは海だ。島の周遊を行っていることになる。海に面していない内側の堤防がこれだけ破損している。いつか、この壁自体が消えるのだろうか。
そうなったとき、この建物の存在も風前の灯であろう。
最後の時が近づいてきた。そのことを考えぬようにして、最終地点へ向けて歩いていった。
無人島浪漫紀行 目次
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