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失われた学校、村、道、鉄道を訪れた日の記録 |
その島は滅びず 無人島浪漫紀行 第2回
海に浮かぶたくさんの島々は黒い点に過ぎなかった。私のめざす無人島も、雑多に散見される他の島と同じく、意味を持たない黒い点に過ぎず、それは空を飛ぶ鳥や海に浮かぶゴミとすら区別のつかない存在であった。
だが、みるみるうちにその島は近づいてくる。黒い点は一つの塊となり、私の視点はそこに集められた。黒い塊は徐々に灰色となり、さらにモノトーンでしかなかったその島に色がつき始めた。
周囲からも歓声があがる。みんな大なり小なりこの島への思い入れを持っている人たちばかりだ。その人たちのもっとも外側にいるであろう私でも心臓が痛くなってくる。
エンジン音が変わり、島の周りを回り始めた。ある一定の角度に来たとき、その島は、「船」に形を変えた。これが正式名称とは別に作られた島の愛称の根拠である。

これが今回の目的地である無人島だ。
無人島なのに建物があるとお思いの方もいらっしゃるだろう。
いま、この建物に人は住んでいない。
建物どころか、島に住む人は一人もいないのだ。
かつては日本の産業を支え、発展の原動力の一つとなった炭鉱の島。石炭が国を支えていた時代、わずか7ヘクタールの小さな島に5000人を越える人々が居住していた。
多くの鉄筋建造物が立てられ、人々が移住してくる。島は隆盛を誇り、それは日本の一時代の象徴ともいえよう。
本来は小さかったその島は、コンクリートで基礎を作られ、岸壁をしつらえられ、強固な人工島に成長した。
終わりのない発展はない。人も建物もそうだ。他の多くの炭鉱と共に「閉山」は選ばずしてこの島にもやってきた。1974年に最後の人を送り出し、以来この地は無人島となったのだ。
私がこの島を訪れたのはそれから30年近くたってからのことだ。私は島の関係者でもなんでもない。ある意味、歓迎はされないであろう渡航者だ。
だから、このHPでは詳しく島については述べない。いろいろとこの島については勉強をしたが、いかにしても解説をするほどの知識は今も持っていない。
それでもこうして文を書き始めたのは単なる興味者がいかにして気持ちを変えられたか、この島が途方もない慈しみを私に与えてくれたかを少しでも書きたかったからである。それ自体がたいしたことでないかもしれない。だが、どうぞお許しをいただきたい。
「そろそろ降りる準備をしてください」引率者の方がおっしゃった。寝袋、テント、ランタンその他もろもろが入ったかばんを必死で持ち上げる。この島で今晩は一泊する。
やがて、最初見えていた角度とは違う方向に近づき始めた。ここまで来ると建物の様子がはっきりと分かる。相当古い建物だが、そのどれもが巨大だ。この威圧感。なんだか島から巨大な手が出てきて、私の心臓をぎゅっとつかんだ気がした。

船はとある箇所に着岸し、それぞれが荷物を抱えて上陸する。
いきなり、こんな建物が目に入った・・・・・・・。
おお・・・・・・。これは、想像以上ではないか・・・・・・・。
心臓がさらにドキドキ言い出した。
最初に私たちを迎えてくれた建物。七階建てのこの建物はいったい何なのだろう?
実はこれは学校なのだ。
下の四階が小学校で、上の三階が中学校。小中複合の七階建て校舎など、他にあろうか。
海に近い場所にあるため、風の浸食を受け、壁は朽ち果てている。ガラスも幾枚も割れている。本来なら不気味さを感じるはずだろうが、そうは思わなかった。島の元居住者の方と共に上陸したためでもあろうが、「よくこうなるまで耐えたなあ・・。」という建物への賛嘆が湧いてきた。
今晩はここで宿泊する。南国とはいえ、11月の海風は寒い。外にテントを張ることをせず、この強大な建造物の一階部分に設置をした。
ホームセンターで買った安い一人用テント。それでも一夜を過ごすには十分だろう。
奇しくも、横にテントを張った神戸の大学生takさんも同じものを持っていた。
またこの旅に同じく参加されていた漫画家の樹崎聖さんと、プロダクションの社長さんのテント貼りを手伝い、それぞれが昼食に入った。
(なお、基本的にはHP上では個人名を出さないようにしているが、樹崎先生についてはご本人に承諾を得ているのでお名前を出させていただいた。このような作品を書いておられる→★
)
昼食を食べ終わると外へ飛び出した。じっとしていられないのだ。
校庭だった場所を走り、そして振り返った。さっきの校舎が見える。
離れてみるとその巨大さがよく分かるった。

「信じられない光景や・・・・・。」
我知らず声に出していた。この威光の前にはこれまで私が訪れてきたどの廃村の建物も萎縮してしまうだろう。
上の写真にも少しだけ写っているが、学校の右側にこの島最大の建物65号館があり、さらにその横には診療所がある。
私たちは、学校と診療所の間の狭い通路を抜けた。島の建物の壁がどれほど朽ちているかは下の写真からもお分かりだろう。
これからいよいよこの島を回るのだ。
そして学校を見たときの驚愕は単なる序曲に過ぎなかった。

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