これまでの遍路はすべて厳冬であったり、猛暑であったり、あるいは台風の下であったりした。だからすれ違う人も少なく札所で会う人もそれほど多くはなかった。
だが、今回は・・・・・オンシーズンである。
今は遍路が一年のうちで一番多いGWだ。
だからたくさんの人に出会えるだろう、友だちがたくさんできるだろう。
そう思う私の横を多量のダンプが通り過ぎていった。これは友達にはなられへんな。
その直後幾台かの乗用車が軽やかに上っていった。
私は歩いている。小さな虫さえも宙を飛んでいるというのに。
この坂を上っている生き物の中で最もゆっくりと進んでいるのが自分だということに、ふと気付いた。
まだ7時過ぎだというのに、太陽はもう高い位置にあるようだ。確証はもてない。認めたくはないけど、太陽を隠す分厚い雲がたしかにそこにはあるからだ。そしてそれは雨雲に見えた。これだけは確かな事実のようだ。
まだ誰とも会わない。
一人である。
一人である。むしろ独りと書くほうがいい感じだ。
お遍路さん、みんなはやめたのかな?
それ以前に、この四国を旅する人がいなくなったのかな?
やがて、稜線は目の下に消え、かわりに視野に占める空の範囲が多くなってきた。そして視界が広がったとき、こんな光景が広がっていた。
7:32 七子峠、登頂(?)
ふりかえるとさっき登ってきた国道が眼下に広がっている。厚い雲に阻まれた灰色の光線がその景色を、悲しさを連想させるくすんだ色に変えていた。
七子峠の頂上で、昨日買っておいたおにぎりを食べる。一晩をリュックの中で過ごしたおにぎりはパサパサになっていた。だがそれも気にならないくらいに私の心が乾き始めていた。
「もしかしたら、この国道がよくないのかも知れないな。」車優先のその道を歩きながら考えた。私の神経を逆なでするかのごとくに、車の量が加速をつけて増えていた。チャンスがあれば、田舎道にはいってしまおう。
悪いときには悪いことが重なるものだ。
雨が降ってきた。手の甲に水がのっている。
みると道の傍らに屋根付きの休憩所があった。そして一人の地元の人らしきおっちゃんがすわっていた。体は疲れてはいないけど、何かにすがるようにその下へはいった。
私がリュックをおろしたと思ったとたん、そのおっちゃんはタバコの吸殻をもみ消し、その吸殻はそのままイスの上においたままにして立ち去っていった。余計淋しくなった。
そういえば、昨日出発して以来誰ともしゃべっていない。
休憩にならない休憩を切り上げ、再び歩き出した。
また国道を行く。
視線の左側にこんなものが見えた。
地元の方が設置してくれた休憩所のようだ。遍路マークがはいっている。ここなら誰かがいるかもしれない。遍路同士なら話もしやすい。誰か、いるかな?迷わずドアを開けた。
「こんにちは!」
お遍路さんの荷物がある。でも、人の姿はない。しばらく待ってみたけど、誰も戻ってこなかった。私は一人で歩き出した。
2004年5月2日にここにおられた方は誰だろう?
知りたい。私はあなたと話したかった。
なつかしのへんろっちが左をさしている。曲がり角をゆく。
道は急に狭くなりこんな素敵な光景を私に与えてくれた。
なんかええなあ、この踏み切り。実にのどかである。なんちゃってではあるが一応「都会」に住んでいる私は、こんな川を臨んだ単線に心を和まされるのだ。
さらに道は細くなり、田舎道に包まれている自分がいた。
どこを向いても小さな生き物が息づいているのが見えた。
「春やな。」思わず口から出た。誰にも話しかけられない寂しさもあった。だが、この言葉を口にしたときひどく驚愕した。
季節を植物から感じている自分がいる。
これまでの私は季節は「仕事の行事」から知らされるものだった。辞令をもらった段階で春の始まり。夏季特休の申請があったら夏。そんな非人間的な生き方で何年も来ていた。
孤独に身をおかれたことで、逆に自分が小さな生き物に包まれていることに気付かされた。
喜んでいいのだろうか。
そういえば夏の遍路では虫の声で一日の動きをキャッチしていた。
いろんな私の思いをよそに、道はアスファルトを捨て、土の道へと帰っていった。
そしてその横には遍路道を示す看板があった。
なんという美しい光景だろうか。
自然道と遍路看板が一つの景色に存在し、そしてそこはこれから私が歩く道なのだ。
心が次第に浄化されていくのがわかった。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ、人恋しさがまだ残っていた。
「俺は人と話したい。」
つづく
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