みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記

            2003年夏編 第44回


今、中学生時代のテープを聴いている。合唱コンクールを録音したものだ。実はさっき本棚を整理していたらでてきたのだ。中学三年生のときのクラスはそれなりに楽しかった。行事も盛り上がっていた。この合唱もしらけることなく、みんなが大声で歌っている。これが独唱コンクールならあまり楽しくないだろう。歌もやっぱり仲間がいてこそ楽しいのだ。ただ男性パートのところで一人だけ声変わりせず甲高い声をしているのは、どうも私らしいということに気付いて少しだけ悲しい。まあ、それも楽しきかな、青春時代の思い出だ。

同窓生とは長い間会っていない。何年も前の声がいま私の部屋に残っているのに、みんなの姿が見えないのはとても不思議だ。
いま、みんなどうしているのだろう?もう一度子どものころに帰りたい。仕事のストレスの強い今、特にそれを感じる。もっと、もっと無茶をしておけばよかった。冒険をいっぱいしたかった。
取り戻せない過去を思うとき、それが楽しい思い出であっても、悲しい思い出であっても、言葉では表せない胸苦しさを感じ、大きな喪失感を感じるのだ。

そのときの私は一回限りの私だ。
今の私も後に振り返ると、素敵な光彩を放っているかもしれない。だから、これからの人生、無駄にすまい。
曲名がどうしても思い出せない合唱曲を聴きながら、今、それを思っている。


雨音がフード越しに聴こえてくる。目に映る水しぶきは大変強いのに、耳に入る水音は実に弱々しく、その不思議さがなぜか悲しかった。
この雨の中歩くという自分の境遇はもう、辛くはなかった。むしろ、体の辛さは感じなくなっていた。冷え切った体に感覚はもうない。
それなのに、胸がぎゅっと締め付けられている。どうしてだろう?僕は何を悲しんでいるのだろう?

そうか・・・・・。そういうことだ。

夕闇が迫るにしたがって、灰色の光の持つ独特の寂しさが、
旅の本当の終幕を心に気付かせ始めていたのだ。
宿に着くと、一日が終る。もう、時間がない。旅の時間がない。僕が僕でなくなる気がする。

ただ、それでもやはり変な腹立ちもあった。
いったんゴールだと思ってしまった。すると、体も心も緩んでしまう。
ここは尾崎ちゃうやんけ!んならここはどこやねん。

それに、さっきより歩くスピードが落ちている。足である。膝が曲がらなくなってしまい、ちょうど石膏で固めたみたいなのだ。こんな異様な感触ははじめてだ。早く宿について休みたい。

「ああ、でも、やっぱり、やっぱり歩き遍路は・・・・・・辛い・・・。俺、なにをしてるんだろう・・・・?」
実に矛盾だらけだが、これも私の心の正直な吐露なのである。

そして・・・・・・・・・また、破ってしまっていた。

     八 弱音をはかない  
残された十戒はあといくつなのだ?



木々の間からちらりと光が見えた。だが雨に邪魔されてよく分からない。車のヘッドライトだろうか?それにしたら動かない。
しばらく歩くとその光はさらに強くなった。
あ・・・・・、街や。今度はかなり大きい街が見える。


これまでは、小さな家並みにだまされたが・・・・・、今度は大丈夫だ。
あの街に着いたら今日の旅は終る。辛いことだが、それでもいい。今を大切に生きよう。
街が見えたことで、私の心に余裕が生まれた。

さらにこの思いは強くなり始めた。
みよ!この街並みを!もう疑いようのない事実だ!尾崎なのだ!大きな団地、ガソリンスタンド!そして、こんなものまであった!
                  
隙があったらかかってこい!なのだ!
思わず、このコンビニに入ってしまった。そういえば手持ちの水が空であることに気付いたが、まあよい。買わなくても大丈夫!もうすぐ宿なのだ。余裕なのだ。さあ、再び歩き出すのだ。

道はとても優しい上り坂になった。今の私には坂道だってちっとも怖くない。



さあ、そろそろ宿を探さなくては。どこだろう?今日の宿泊地は・・?

坂を上りきると海が見えた。
     

私が海に出ると同時に雨がやんだ。まるで安らぎに近づいた私を祝福するかのように。

ふと上を見ると、こんな看板があった。

「高知まで100km」。


実にいい数字だ。



さっきのコンビニを区切りとして、車のとおりが少なくなった。

まさか、このまま、またさびしい道に出るのではないだろうか?


すこしだけ嫌な予感がした。






だがそれは、予感ではすまなかった。





あんら〜?なにこれ?







みん、みん、みん、みん・・・・・セミちゃう!
みん、民家がないざます。これはおかしいざます。でも、気のせいざます。そのうちにまた、にぎやかになるざます・・・。


私は、歩いた。
何も考えずに・・・・。

もう、歩く機械である。

さっきまで、旅が終るのは嫌だとか、やっぱり宿に入りたいだとか考えていたが、もう、私の心には何もなくなっていた。
今の私の心は、完全に「無」であった。
そして、道の周りもやっぱり・・・・・「無」であった。
いや、ただ一つだけ「有」に変わったものがある。

もちろん・・・・・・あなたの予想通り・・・・・


雨がまた降ってきた!!!



旅の辛さは色々あるが、同じ苦難が繰り返されることほど不愉快なことはない。これはもう断言する。

いつの間にか、太陽は沈んでいた。さっきまでの薄明るさは、薄暗さに名前を変えていた。人もいない。車も通らない。



また、私は孤独の世界に足を踏み入れた。
あの時以降、私は何度もさびしい思いをしたが、泣きたくなるほどの孤独も味わったが、一人嵐のような雨の下を歩いたときほど、淋しさを感じたことはない。

それでも何かにすがりたくて、海の向こうに目をやった・・。


ん?

何かが見える。海の上にそびえたつ何かがある。

奇岩?人工物ではないようだ。。


右に目をやった。まるで意思あるもののごとくに草むらが揺れている。不気味だ。
だが、もっと不気味なのが左の堤防だった。海との境にある堤防に、何かがうごめいている。数メートル先の堤防は真っ黒なのに、私が近づくとその堤防の上で何かが動いて、灰色に変わるのだ。それが数十メートルも続いた。

そうか・・。

この黒いうごめくもの正体はコンクリートの壁に大量に張り付いているフナムシだった。路面がぬれているため海からここまで上がってきているのだ。皮肉なことに、この不気味な生き物のおかげで私は独りではなくなった。だが、どうにも気持ちが悪い。
何が悲しくてフナムシと共に旅をせねばならないのだ?




のどが渇いた。さっきのコンビニで何も買わなかったことがいまさらのように悔やまれる。



光のない暗い道だった。正確には遠くに見えるヘッドライトだけが、街路灯のない道を照らしている。そしてそのライトが何かを浮かび上がらせた。

もう、なにも見たくない。さっきから不気味なものしか見えないのだ。
それでも、青く光る物体が視界に入った。
こ、これは・・・・・・・・!?




この時の感動を言葉では表現することはできない。歩き出してから11時間が経過していた。

この後のことは特筆すべくもない。尾崎の町へ入ってすぐに宿を見つけることができた。
忘れていたが、これは特筆せねばならない。
電話で予約したときに連絡した到着時刻を二時間も越えていた。
 
      三 宿には遅れずに行くべし 
十戒のうちついに9つまでを破ってしまった・・。残りは何だったろう??


私の部屋は二階だったが、階段を脚では登れず、両手で手すりをつかみながら、腕の力で登った。
部屋に入るとすぐに私は座り込んだ。息ができないくらいに苦しい。疲労が限界に近い。部屋でくつろぐ写真を撮ろうとしたが顔を上げることができなかった。

そして、この写真を撮った直後、私はそのまま、半ば気を失うように眠りについたのである。食事もとらなかった。


遠のく意識の奥底から、悲しい数字が浮かんできた。

その日最後の記憶はこの数字だった。


そう、あと「1日」・・・・・・・・・・・・・。

                               

        
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