掲示板  日記帳  リンク 更新記録  メール   


みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記
  

                     2004年冬編 
 第6回

  第6回は状況描写を克明にすることに全力を注ぎました。

  わずか8キロほどの距離の進行に一回分を使っています。

  

  が、その分人との出会いや遍路の温もりについてはかいていません。

  したがって、早く先を読みたい方は飛ばしてください。



今、私は国道33号線を登っている。遥か向こうには美しい山が見える。
ただし遥か向こうにあるから美しいのであり、近くには行きたくない。



平地でもこんなにすっぽりと雪に埋もれている。
歩道は完全にとおれなかった。アスファルト道路は30センチほど下にあるのだ。
車道は車道でヌルヌルだけど、どうにか進める。時刻は午後3時半過ぎ。
私を邪険に追い抜く車も少なくなってきた。

トンネルを越えると民家よりも空き地のほうが増え、次第に山並みへと姿をかえた。
さらに半時間が過ぎた。辺りは無人の境となっていた。
途中、スキー場の横を過ぎた。今がシーズンのスキー場のそばも誰もいなかった。
道そのものが死んでしまった気がした。
唯一、雪だけが存在を主張するように、さらにその積を増していた。うれしくなかった。




なぜか遍路看板が、国道からはずれ雪に埋もれた細道を指している。
まさかこれを行けというのではないだろうな。
しばらく考えた。
数時間前の自信がよみがえってきた。
俺は、昨年は台風の中を毅然として歩いた。岩屋寺までこの豪雪の中登ったのだ。

もう怖いものなどない。

この旅を通して初めて自分が強くなったことを感じた。


宿まで何時間だろう?わからなくともよい。振り返らない、俺は歩く。



すぐに山道へとかわった。
木々の間から一日の終わりを告げる灰色の頼りない光がさしている。



道はどんどん細くなり、やがて登山道と一般道の間ぐらいのコンディションとなった。
左からどぼどぼと水の音がする。
雪はますます深くなり、目にうつるものがすべて一色だった。これが白一色ならきれいなのだが、陰気な灰色一色であった。

少し怖くなった。随分高いところまできている。ふもとに戻ることもできまい。
道と崖の境目がわからなくなっていた。おまけに道幅がどんどん狭くなってきているのだ。

一瞬、不安がよぎる。でも大丈夫だ。
まだ4時半だ。辺りのものが見えている。


今は、まだ、みえている。



ふと前方の、看板がかかっているのが見えた。
その文字を読もうとした。見えなかった。近くまでよらないとみえない。
ゾッとした。

夜がすぐそこまで来ている。

そしてその戦慄は文字を見たとき、さらに大きくなった。

     「この先、道倒壊」


元に戻ることなどできない。さっきの国道に戻っても無駄だ。道は大きくはずれ、今日私がめざしてる宿までは、このへんろ道の倍以上の距離がある。
いくしかない。

夜が来る前にこの山を抜けねばならない。
地図を見ようとしてさらに事実に驚いた。目の前の文字すら読めないほど暗くなっている。
夜が来た。




雪明りを頼りに進む。
薄暗い中で雪山を進むと、恐ろしい想念に襲われることを知った。
雪をかぶった枝が、腕に見えるのだ。人間の。大量の腕が手招きをしているように見え始めた。
その恐怖感が湧き上がると、背筋を何かがゾーと這い上がるのがわかった。
脚だけが機械のように動いている。進むことしか、この状況から逃げることができない。

もう、認めよう。
自分を「大丈夫」などと思えない。
今、俺は心底恐怖を感じている。真っ暗な中雪山を歩いている。
誰も来てくれない。ましてや、私がここにいることを知る人などいない。
私は全然強くない。実際に、いまこんなに怖がっているのだ。

岩屋寺をお参りし終わったときの、あの時の自信を後悔した。
あの時点ですでに昼過ぎだったではないか。午後二時過ぎに出て16キロの距離を歩くのが無謀だと気付くべきだった。我と我の自信にほれ込んでいたのが悪かったのだ。


こうしている間に、どんどん暗闇は増してくる。足元の雪はカチカチに凍り、私の脚を掴むかのようだ。右の足首に鈍痛を感じ始めていた。
道の傾斜はきつくなり、うっかりすると転倒しそうになる。一歩間違えるとそこには千仞の谷があるのだ。できるだけ山沿いを進む。
数十分前の「怖いものなど何もない」という決意は微塵もなく、今や目に映るもの全てが怖かった。

目の前に道の片側が大きく崩れ、谷に向かって土砂が落ちている部分があった。
これがさっきの「道倒壊」の場所だろう。
でも復旧がなぜか途中で止まっている。ロープが一本張ってあるだけなのが余計に不気味だ。




おそらく普段なら30分ほどの道のりを倍近くかかっている。寒さを感じなかった。
不意に東屋が現れた。
橋の袂に立っている。こんなところで野宿など絶対にできない。
そのそばに看板があった。
血が凍った。

  46番浄瑠璃時まで8.4キロ


宿はそのすぐそばである。

まだ半分も来ていなかった!

私の目の前を杉林が覆い尽くしていた。








それでも、心を無感覚にして進んだ。足元の変調を感じるとそれはアスファルトだった。


おお!アスファルト!雪もいつの間にかなくなっていた。

まだ両側には林が広がっているが、そのうちに街灯きらめく市街地に出るのだ。
よくがんばったぞ、俺!

予想通り、辺りの杉林は消えた。

そして目の前に広がる光景を見て、全身が凍った。


通る人もない、真っ暗なあぜ道。街灯など一本もない。

残り、8キロ。





                


   アルピニストのための本格アウトドアウオッチ
                 

掲示板  日記帳  リンク 更新記録  メール   

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送