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        みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記 
                                 2003年夏編 第15回



                      心臓が早鐘を打っている。不快な音が聞こえる。ものすごいパワーを

                      使った気がする。だが、この心音はむしろ精神的な緊張によるものの

                      ようだ。ものすごい力で歯を食いしばっていることに気づいた。もう大丈

                      夫だ。力を抜こう。




                      雨は完全にやんでいた。ここへ来てようやくカッパの上着だけを脱いだ。

                      普通の暑さではなかったのだ。ズボンは面倒くさかったのでそのままに

                      しておいた。

                      さっきから無意識に水を補給し続けている。今日は宿で入れてもらった

                      500ccのペットボトルの水が2本。ゴールまでもつだろうか。すでに

                      一本目の半分がなくなっている。あと5時間は歩き続けるのに。

                            

                      難関を越えてすぐに急坂となる。そこもバシャバシャ音をたてて水が

                      流れている。


         これは川ではない。道だ。

   

                      崖に落ちぬように神経を使いながら登り続ける。いつ靴に水がしみてくる

                      か心配だったがまだ大丈夫なようだ。



                      道幅がぐっと狭まり、体に枝が当たる。人が一人歩けるくらいの細道を

                      どこまでも歩いていく。





                     









                      不意に視界が広がった。

                      手前に街並みが広がり、昨日必死でわたった吉野川がその向こうに流れている。

                      さらに奥には山並みが雨上がりの美しい空気の中映え渡り、その上に群青色の雲が

                      どこかに流れていっている。鳥たちも大空に戻ってきていた。

                 
                                   もうこんなに登ったのかと驚愕する光景であった


                      再び水を飲む。ただの水道水なのにこんなにうまいとは。リュックを背負っ

                      たまま休憩をする。



                      高度を上げるにしたがって雑木林は姿を消し、杉が辺りを覆いつくしていく。

                      背の高い木々はあたりを暗くする。見通しが悪いところでふっとさびしくなり

                      後ろを振り返ったが誰もいなかった。もちろん、前にも人の姿はない。

                                     


                      登り坂と平坦な道とそしてなぜか下り坂が交互に現れる。どうして下ったり

                      するのだろう。どうせまた登らねばならないのに。

                      足元に妙に足の長い蜘蛛が番(つがい)で歩いていた。



                      ついに木々の隙間から一筋の光線がさしてきた。太陽を見るのは何日ぶり

                      だろう。体にあたる空気は暖かかったが、心は冷えていた。実はこの時

                      私は孤独と戦っていた。この道は昨年訪れた屋久島の縄文杉登山に比べる

                      とはるかに楽である。

                      だが、あの時は連れがいた。体力のない私をずいぶんカバーしてくれた

                      仲間がいた。今は一人だ。ペースをあわせる苦労はないけれど、達成した

                      時に喜びを語り合う友がいない。また足元に蜘蛛を見つけた。番だった。

                      しかし、そんな心をかのシールが癒してくれた。


                      昔からみんなこの道を歩いていたのだ。

                      当たり前のことが感動的だった。


                                         
                                                                
遍路シールを指差しているが、見えないかな



                                   


                      前に一軒の建物が見えてきた。これが柳水庵である。体は壊れそうに

                      きしんでいるが休憩ポイントを見ると元気になる。だが、ここでようやく

                      半分だ。本当にみんなこんな道をとったのだろうか?どこかにワープす

                      る所があるようが気がしてしょうがない。

                      この建物には水の補給ができトイレもあるとあったが、そんな感じがし

                      ない。無人だ。

                      ペットボトルの水は一本空になった。あと一本。だが後半は体力の衰え

                      も激しいはずだ。不安になる。12番焼山寺まで水の補給場所がないだ

                      ろう。それまでもつだろうか?


                      しかし腹が減った。リュックの中を一応探ってみる・・・。


                      ん?これは・・・?あ・・・・・・


                      スニッカーズではないか。昨日コンビニで買っていたのを忘れていた。

                      すばらしい。ないと思ってあったほうが、あるとおもってあるよりうれしい。

                      たった一本のチョコレートがかなりのパワーを私に与えてくれた。


                 



                      柳水庵をすぎると道は下りとなり、やがてアスファルト道路を交差した。

                      そうか、車の人はここを通るのか。いいなあ、クーラー聴いた車内で音楽

                      聞きながら走っていて。そんな無意味な人をうらやむ気持ちが湧いてきた。

                      だが、あれはあれ、これはこれである。考えてはならない。


                      アスファルト道を横切るとき、ふと看板が見えた。こういうものを見て

                      ほうっておく私ではない。後日の記念となるはずだ。


                       



                      果たしてこの道は正しいのだろうかという疑惑のわく、細い細い道を

                      再び登り始める。耳元にアブが寄ってきてうっとおしい。一歩歩くごと

                      に思わず立ち止まる。自分の吐息が異様に大きく聞こえる。だが、

                      わざとではなく、本当に酸欠になりそうだったのだ。汗が目の中に

                      入ってきた。なぜか汗が冷たい。そうか、外気の方が熱いわけだ。








                      「あかん!俺にとっての限界!」




            
思わず声が出た。

                      足が完全に動かなくなった。動くには動くのだが一歩踏み出しては

                      10秒ほどまたねば次のステップが出ないのだ。

                      屋久島よりしんどい・・。あと三分の一以上は残っている。やばい・・。

                      目の前を名前を知らない羽虫が軽やかに飛んでいる。

                      とりあえずは水分補給だ。ペットボトルに残っている水は残り300cc

                      ほどだ。大切にせねば。





                      ふとポケットに違和感を感じた。ん?これは・・?あ、またや・・。

                      そこにはカロリーメイトが入っていた。さっきスニッカーズを食べたが

                      これも残っていたのだ。カロリーメイトは私の愛読書「サンダル遍路旅日記」

                      (文芸社)で著者の潮見さんが何度も触れておられたため、その記憶に

                      したがって昨日買ったのだ。正解であった。これでどうにかエンジンを

                      かけなおすのだ。ばさばさでのどが渇くがもうどうでもよかった。



                      ひとかたけの食事が私に立ち上がるエネルギーを与えた。ここで座っても

                      いられない。進もう。前には相変わらず同じような杉の小道が続いている。

                      そのはるか向こうを私は見据えて歩き出した。

                                

                                                      

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