トップページ  掲示板  日記帳  リンク 更新記録  メール

   みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記  2003年夏編 第13回

   

       まだ昼過ぎだというのに、もう夕方遅い時間のような気がする。

       誰もいないお寺を私は見回した。動くものは何もない。

       正確にはただ一つ、雨粒がすごい勢いで動いている。。



       私は藤井寺の奥の上のずっとはるか彼方に見えている

       山を振り仰いだ。



       これが「遍路ころがし」といわれる

    1200キロ中の超難所。




       札所は見えるだろうか?あの山の上のほうに見える建物が

       12番焼山寺だろうか?それとも関係のない小屋だろうか?

       実のところ、この段階で私は勢いで12番焼山寺に行って

       しまうことも考えていた。だが、それは愚考であった。

       「いけるはず、ないやんけ。」思わず独り言が出た。上空には

       まだ台風が居座っている。


       見上げると、風の渦までが感じられる。

       こんなさなかに登山をするのはさすがに恐ろしい。ちなみに

       この日にいかれた方はおられるのだろうか?



       それにしてもこのお寺、なぜ納経所が無人なのか?ずっと

       その前で立ち尽くしていた。中に向かって呼びかけても

       人は出てこない。



       あれ?水のみ場で吹き掃除をしているおばちゃんがいる。

       「あの、納経は今日はなさっていないんでしょうか?」

       「してないことないですよ。」

       「あ、はあ・・・。じゃあ、お願いします。」

       この人、私のことが見えてなかったんだろうか?それ以上は

       考えるの、やめた。



       しかもさらになかからおじいさんが出てきた。私の声、きこえて・・、

       いや、もういいか・・。



       「お兄さん、歩き?」

       「はい、ずっと歩いてます。」

       「まあ、台風の中、えらいねえ。無理しちゃダメよ。」

       あら?第一印象と違ってずいぶん優しい感じがする。何事も

       決め付けてはいけないのかもしれない。

       「今日の午後は二人くらいしか来てないのよ。さっきの男の子は

       鴨の湯に泊るって行ってたわ。」



       この台風のさなか、私と同じように歩いて藤井寺についた若い

       お遍路さんがいたのだ。どんな人だろう?いつか会えると思って

       この後も歩いていたが、結局は会えなかった。




       地図をもらい、駅近くの宿に歩いていく。まだ2時前なのだが、

       今日はもう動けない。近くの山の中から、水鳴りだろうか、

       どうどうと言う不気味な音が響いてきていた。


       




       宿は駅のすぐそばにあるらしい。道は街中に入った。歩きながら

       私は言い知れぬ不安を感じていた。その原因はすぐにわかった。

       宿に至るまでの道にはかの偉大な遍路シールはないのである。

       遍路道ではないのだから当たり前なのだが、死ぬほど方向音痴の

       私にとってあのシールは実にすばらしい存在だった。それがない

       道を歩くのは実に頼りないものであった。

       しかもこの嵐のため誰も歩いていない。納経所でいただいた地図を

       何度見かえしたことだろう。でもいっこもわからへん・・。途中、

       バイクに乗ったおっちゃんに道をたずねたが、無視された。ああ・・。

       嵐の日はみんな自分のことで精一杯なのだろう。

       わずかの距離を歩くのに、普段の倍の時間がかかっている。

       街中といえども、建物があまりないため、風がまともにぶつかってくる。

       近くの廃墟のトタン屋根がキイキイと鳴いていた。それは置いてけぼりに

       され、いまだ住む人を待ち焦がれる建物の悲鳴にも聞こえた。

       廃墟の壁には真新しい選挙のポスターが貼ってあった。こんなところにも

       はっていくのだ。


       そんなさびしい音に私の弱気が触発されたのだろうか?急に自宅の

       布団が恋しくなった。なんとも情けない話だが、ここでかっこつけても

       しょうがない。本当に帰りたくなっていた。お遍路は楽しいのだが、

       いかんせん、条件が厳しすぎた。これでまる三日間、雨の中をあるいて

       いるのだ。

       まるでこの世から太陽が消えて、未来永劫ずっとこんな天候ではないかと

       思えるほどだ。


       地図で見たらすぐの距離を一時間近くかかってようやく駅前の繁華街に

       到着した。

       宿に着いたとき、合羽を着ていてガードされているはずの頭から

       トランクスの中、靴の中までじゅっくりぬれていた。

                               



       「よかった、生きている・・・。」




       誇張ではない。



       本当にあの嵐の中を無事に歩ききったことに素直に感謝したかった。




       生きていることを確認することなどめったにない




       それだけ劇的な一日だったのだ。

       もしかしたら、お遍路の真っ最中に台風に遭遇したこと、幸運かもしれない。

       すぐに着替えをし、しばらくは畳の乾いた感触を楽しんだ。宿の人の

       もってきてくれたお茶を飲むとさらに和んだ。




       体の外が乾いて中が潤うのはやはりすばらしい。その逆に


       体の外がぬれて中が乾くのは実に不愉快である。



       それにしてもだ・・。



       小さな宿だった。まるで田舎のおばあちゃんの家にいるようだ。

       特にこのお風呂には驚いた。懐かしいというか、なんというか、レトロな

       感じで実に素敵であった。



                               


       この床は豆タイルというらしい。あとで写真を見た友人が教えてくれた。

       まだ3時半だ。こんな時間に部屋にいるなんて。

       「どうしようかな?おもろないな・・。いこうか?・・・・・うん、やっぱ、行こう!」

       私は飛び起きると外に探検に出かけた。宿のおっちゃんが驚いた目で私を

       みていた。体の芯までつかれきっていたのだが、風来坊の血が騒いだ。



       心は疲れていなかったのだ。




       街に出た。

       嵐をさけるためほとんどの店がシャッターを下ろしていた。向こうのほうに

       一軒のコンビニが見えた。なんという名前かは忘れたが、久々のコンビニだった。

       そこで何がいるかを考えた。明日はいよいよ登山である。何より非常食だろう。

       なんとなく買ってしまったのがカロリーメイトとスニッカーズ。これは山で食べよう。

       夜のお楽しみのアルコール入り飲料を少しだけ買う。普通、食べ物を外から

       持ち込んだらいけないんだろうなあ、旅館って。


       本当に何もしない、まま6時半の夕食を迎えた。食堂に入ると・・・・・・・・・・・・・・



       「やあ・・。」・・・・・・・うわ!


       6番札所安楽寺の宿坊で同泊した三重県のNさんがいた。

       「やっぱり、君、泊ってると思ったよ。」

       Nさんは途中で見切りをつけタクシーでここまで来たらしい。

     

       「ピースケくん、明日はやっぱり12番に行くの?台風は通り過ぎても道は

       ドロドロだよ。」

       「あさってには帰らないといけないから行くしかないでしょうね。」


       

       

       明日は雨はやむが、問題は路面である。山道はジュクジュクになっていることだろう。

       「あそこは古い古い道だから決壊は無いやろうけど、そうとうぬかるんでるやろうね。」

       宿のおっちゃんがそう教えてくれた。なぜか「古い道だから決壊はない。」という

       言葉に魅力を感じてしまった。

       「古い道」実にすばらしい響きである。



                         


       これがその日の夕食である。柄にもなくちゃんと数珠を持参しているところが

       不思議だ。


       宿の人に無理を言って朝食を5時半にしてもらった。

       朝食が五時半など、日常生活ではめったにない。不思議なものだ。
 
       仕事だと思うと絶対に起きられないのに、旅の日だとうれしくて

       飛び起きてしまう。

       自宅にいるときもそうだ。平日はギリギリまで布団の中にいるのに、

      休みの日だと早朝に目が覚めて動き出してしまう・・。


      人間とはそんなものだ。あなたはそんなことはないだろうか?




       布団には10時過ぎに入った。


       くたくたに疲れていたのですぐに寝入ったが、なぜか12時過ぎに目が覚めた。

       そしてそこから寝られなかった。

       口では言い表せないのだが、めちゃくちゃに怖かった。どうしても寝られず

       2時過ぎまでおきていたと手帳には書いてある。

          



       早朝5時起き。さすがに雨もやんでるだろう、そう思い窓の外を外を見た。

       そこにはこんな光景があった。




       おいおい・・・。







           


       このちいさな光の粒は何かって?

       決まっている。 雨粒だ。

       びちゃびちゃと不愉快な音を立てて降っている。四国に来て太陽を見たのは

       数時間しかない。








       朝食のあと、宿の人が紙包みを渡してくれた。

       「どうぞ、お接待です。札所で食べてください。」

       まだぬくもりのあるおにぎりを渡してくださった。

       どうして?見ず知らずの私にこんなことをしてくださるのか?

       それが遍路だといってしまえばそれまでだ。

       だが、今のこの日本で知らない人に親切にする、

       そんな行為にひどく心を打たれ、そして自分もかくありたいと

       その刹那、感じた。

       まさに弘法さまのすばらしさなのだ・・・・・・・

       とさらにさらに柄にもなく、そんなことを感じていた。

       


       よし!がんばってあるくぞ!そう決意したとき宿のおっちゃんが駆け出してきた。

       「杖、忘れてませんか?」

       げ!部屋においてきた!

       も〜、なにが「弘法さまのすばらしさ」だ!

       雰囲気に酔って弘法大師の化身といわれる杖を

     忘れている
のだから、やはり私は薄っぺらな人間だ。


       考えれば、どうせ12番への登山口は藤井寺の中にあるのだから、

       昨日11番札所に行くことはなかったのだ。


       雨はしとしとと降り、起きたばかりの体をぬらす。

       この合羽を着るのも何度目だろう?










       あとはこのバイパスを越えれば、藤井寺まで一本道だ、

       そう思ったときこんな光景が目に入った。









       「しゃれにならんぞ・・・。」









            







       道が完全に水没していた。





       横の田んぼから水が次々と沸いてくる。

       普通に歩けば膝までつかるだろう。靴の性能がいかによくても

       これではどうしようもない。

       ほんの10メートルが行けない!

       しばらく様子を見るか?

       ばかばかしい!水かさはどんどん増しているのだ。

       


                                                            


                                                 


                                NHK趣味悠々『四国八十八ヶ所 はじめてのお遍路

     トップページ  掲示板  日記帳  リンク 更新記録  メール

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送