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みんな、ありがとう 普段着お遍路歩きの記 第1部 第12回



                             いまや、風は本気になって辺りの物を壊しにかかっていた。

                             俺のカッパはゴアテックスだとかなんだとかは、もはや大自然の前には
                  
                             役に立たない。




                             もう、自分の体がぬれていることすら気にならなかった。

                             それより、気を抜くと近くの電柱に

                たたきつけられそうになる。

                             そのことのほうが怖かった。

                             

                             数分前ごとに通っている車も、姿を見せなくなった。みんな、

                             もう安全なところに避難したのだろう。周りを見渡したが、

                             誰もいなかった。


                             雨の音と風の音と、そして悲鳴を上げる作物たちに混じって

                             聞こえてくるギューン、ギューンといううなり声は、どこまで進んでも

                             ついてくる。不気味だ。最初は耳鳴りかと思ったが、物理的な

                             響きを持っている。何気なく天空を振り仰いだとき、その正体が

                             わかった。




                             あなたもその犯人をさっきから見ている。

                             そう・・・・・・・・・・・・・

                             うなり声を上げていたのは・・・・、

                             


                             電線であった。あまりに強い風は銅の電線をも殺しにかかり、

                             悲鳴は風雨の音にまぎれることなく、ここまで聞こえてきている。

                             しばらく、その電線を見つめいてた。こんなに音を立てているのを

                             はじめて見た。よほど風が強いのだろう。

                             もし、あの電線が切れたら?ゾッとする想像を振りほどき私は歩き

                             だした。




                             さらにだ。周囲が田んぼに変わった途端に、新たな音が加わった。

                             それはパシパシと鋭く鳴り響いている。スズメよけのテープの音だ。


                             この台風の前に、偉大なる大自然の木々も、か弱き人工の電線も、

                             そして、か弱き人間が植えた稲も、みな、瀕死であった。

                             なにより、もっとも弱々しい私が、一人、とぼとぼと歩いている。

                             哀れなその姿を、誰かが上空から見つめている。巨大な顔が

                             じっと見つめている・・。





                             前方にコーヒー牛乳のような褐色の水が見えた。

                             吉野川だ。


                   

                             もう橋すれすれまで水が来ている。通行止めを心配したが、それは

                             まだのようだ。もう一つ、風でしぶきが橋の上に打ち寄せていないか

                             気がかりだったが、なぜだろう、川はゆっくりと流れていた。

                             だが、静かに流れる川は深いという。その静けさが私を

                             より緊張させた。

                             橋のふちまで行って水面をのぞき込む。なんの音もしない。ねっとり

                             水がうごめいていた。だがよく見るとさざなみが立ち、じっと見つめて

                             いると吸い込まれそうだ。橋の崩壊を防ぐため手すりがない設計が

                             この場面では恐怖であった。


                     


                              突風が襲ってきた。

                              正確にはずっと強風だったのだから、風の勢いが

                              さらに強くなったというべきだろう。雨より風が怖い。

                              ぬれてもいいが、このまま川に落下したら、旅はそこで終わる。

                              心なしか、水かさが増した気がする。写真などとっている場合では

                              ない。

                              気はあせったが走るとより危険だ。

                              川に吸い込まれる妄想を追い払いながら橋の極力真ん中を

                              歩き続けた。


                              ずっと向こうのほうに、対岸が見える。あそこは安全なのだ。

                              もう少しだ。

                              途中で振り返りたかったが、できなかった。


                              川が視界から消え、再び道路に戻ったとき腰にくくりつけていた

                              カッパの収納袋がなくなっていた。

                              ・・・・・・・風で飛ばされたようだ。今頃川の中だろう。






                              橋を渡りきったところで、道は住宅地へ向かってのびていた。

                              そこに素敵なことだ、遍路小屋があった。喜んで休憩させて

                              もらう。中には虫の死骸が散乱している。ゾッとしたが、

                              しょうがない。よく見ると、いきた虫もうごめいていた。でも、

                              やっぱりしょうがない。







                              朝からずっとわたしの肩に食い込んでいたリュックをおろした。

                              何時間ぶりだろう。左の肩の感覚がない。

                              ザック麻痺かもしれない。




                              振り返ると今渡ってきた橋の上に一台の車の姿が見えた。

                              ここから見ると車も小さい。いや、橋があんなに細くて

                              頼りないものだったのか。

                              元は橋脚はどれくらいの高さだったのだろう。

                           



                              落ち着きだすと自分が空腹なのに気づいた。

                              だが、なにもない。

                              バナナ君はとっくに消化されている。この向こうに見えている

                              住宅地に食堂くらいはあるに違いない。




                                   

                              しばらく川をじっと見つめていたが、意を決して歩き出す。

                              リュックを背負ったが重さは倍になっていた。

                              敵は台風以外にも自分の中にいたのだ。



                              あまりに普通の住宅街だ。食堂がない。

                              どこからかピアノの音が聞こえてきた。



                              国道を斜めに横切ると、さらに家並みは古くなり寂しさを増す。

                              なんと不愉快なのだろう。11番札所までの距離を示す看板が、

                              ところどころたっているのだが、距離数が増している。

                              冷静に考えれば、今まで見ていたのは、歩き用の距離であり、

                              眼前にあるのは車用のものだったようだ。

                              だが、つかれきった頭にはそんなことはわからなかった。

                              あるのは苦痛と混乱だけであった。






                              右向きの矢印があった。歩き用の細道だ。思ったより近い。

                              向こうに森が見える。あれが私がめざす霊場だろう。

                              もう、ここまでくれば、勘も働くのだ。

                              だが、それはただの森であり、中に建物はなかった。

                              そのかわりに横におなじみの上り坂があった。

                              吐き気をもよおしながらあがる。





                              道はますます細くなり、ほとんど私道のようになった。

                              すぐ横には木造の家屋が立ち並んでいる。

                              牛でも飼っていそうな雰囲気だ。

                              左の溝からドウドウと水があふれていた。

                              さらに傍らの土手の途中に小さな墓地があったが、

                              そのどこからか泥水が噴き出している。


                              左に急カーブしたのち、石畳のくだりになった。久々の下りでほっと

                              できると思ったのだが、右ひざの爆弾が再び活動を始めた。

                              滑らないようにしているため、不自然な力が入るのだろう。



                              駐車場を抜けると、そこには大阪人には聞き覚えがあるのだが、

                              それとは違う藤井寺がある。


                       
                            四国霊場11番札所 藤井寺着  2003年8月8日 午後1時3分34分 限界直前




                              誰もいなかった。参拝者だけではなく、納経所も無人だった。

                              台風で避難したのだろうか?ここまで来てすべてが無駄に

                              なったのだろうか?

                                                               
                                                  

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