トップページ 掲示板 日記帳 リンク 更新記録 メール
ピースケ遍路 番外編
実況中継達成できなかったけど最終回
最終回といっても区切り打ちである。それでも旅が終わりに近づくと、言葉では語れない寂しさというか不安定な想いがどこからかわいてくる。
旅を始めたときは、終わりはないと思ってしまう。いつもだ。
もし終わりがいつかやってくるとしても望遠鏡を逆さにのぞいたぐらいに遠くにあるものだと思い込んでいた。
でも、いざ目の前にゴールが視界をいっぱいに覆い始めると、今度は望遠鏡を持ち替え、過ぎ去った過去を手元に必死に引きとめようとしてしまう。
海を見ながら私はそっと望遠鏡を逆さに持ち替えた。
小高い丘を登ったところに24番安養寺があった。
ただ、中に入られない・・・・・・。
なぜならたくさんのわんちゃんがいるのだ。それも放し飼いになってるのもいる。山門の中につながれている犬は鎖がついてるのに、長さが2メートルほどある。
私は決して犬は嫌いではないが、かまれるのではないかという恐怖感をつい抱いてしまう。
それ以上に犬が苦手そうなのがタビロイドさんである。
彼が恐る恐る中に入る。
よく見ると参道からずれている。左の犬を警戒しているのだろう。
一斉に犬たちが吠え始めた。
だが、いっせいに声を上げているのは犬だけではなかった。
いっせいにお経をあげる団体様。
いつもの写真、この方たちがいなくなってからとろうと思ったが、あえて記念として一緒に撮影。
13:56
札所を出るときに、犬の様子を見た。
寝ている!
みんな昼寝をしている!
いまや!
とおもったら、
グルルルルルル・・・・・・・・・・
うなり声が聞こえ始めた・・・。
うわ、こわ!
そしてまたいっせいに吠え始めてくれた。
俺たちはそんなに怪しかったのだろうか?
さて、次だ。へんろ道と車道。もちろん迷わず車道だ。これ以上蚊にかまれると、発狂する。
といいつつ、目の前にそびえるこの山は何?この上にあるのだろうか?
車道といえどもすごい勾配だ。すぐに息が上がる。同時に蚊もやってきた。
やっぱり山登りだー。
そしてその山を登りきった。これまでの経験上、山を登りきったところにお寺はある。
が、なぜか道は下りだした。
はれ?
まあいい。すぐにつくだろう。
・・・・・・・・・・などと思うほど心は純粋ではなくなっている。
どんどん道は下っていく。これまでの上りは何だったんだ?
力いっぱい下ったところにこんなものがあった。
お水大師
14:29
弘法大師が発見したという井戸がある。中の水は透き通っていた。
ここで元気をつけてまた降り始める。
どんどんどんどんどんどんどんどんくだっていくけどこれは気のせいだといいたいところだが実際に下っていき最後にはさっきの国道に出ようとしているためさすがに道に迷ったことを認めざるを得ないもののでは正しい道はどこなのかと思案したがまったくわからず途方にくれていると車に乗ったおばさんがやってきて言った一言が「お水大師の横に小さな道があり竹やぶの中を進む」という恐怖のアドバイスをしてくれたため二人脚を引きずりながらまた狂ったように登り始め先ほどのお水大師の横になるほど道はあるがまるでこれでは登山道のごとき有様でありゆっくり歩いていくと竹やぶに生息するやぶ蚊に殺されるのは自明の理とおもい必死にダッシュして
ようやくついた!
しんど!
息も出来ないくらいの道だった。さっきの文を息継ぎなしで読んでください。我々のあの時の苦しさはあんな感じでした。
14:51
結局のところなんだったんだろう?あんなに登って全部降りて・・・。
いよいよラスト2!
27番札所は、これまた、すごかった・・・。
この扉を見て他の部分も想像してみてください。15:18
そしてそのすぐそばにある26番阿弥陀寺!
たどり着いた瞬間に、望遠鏡は必要なくなる。旅の出発点をいつまでも拡大してみていてもしょうがないのだ。
15:24
この寺で初めて大師堂をみた。四国では必ずあったのだが。
本堂と大師堂で丁寧にお経を上げ、この島に出会えたことへ感謝の想いを述べた。
札所間でバスに乗ることはなかったが、最後の「総本院」へはバスを使った。ここはこの島の札所の総まとめの事務所なのだ。ここでもお参りは出来る。
バス停へ向かう途中、向こうから一人のおっちゃんがやってきた。
「あの、お接待です。」
!
そうかこの島でもこの習慣はあったのだ。
「四国で随分いろんな方にお接待していただいたので。どうぞ受け取ってください。」
そういって二人に120円ずつを手渡してくれた。
「さっき旅は終わって、これから僕らはバスに乗っちゃうんですよ。」とはいえなかった。
旅を終えた直後に遍路としての施しを受けたのだ。逃げられなくなってしまった。
バスに乗って町へ向かう。
16:47。総本院着。
実は明日も昼間は札所を回り、夕方の高速艇で大阪に帰るつもりだったが、二人とも疲労困憊しており、旅の計画書をこう書き換えていた。
ピースケ旅計画
◆期間◆2005年9月 17日(土) 16日(金)
〜19日(月)夕方
↓
朝一ですぐに大阪に帰る
◆手段◆ 自転車をかっこよく解体して運ぶ輪行
↓
徒歩
◆場所◆遍路が出来る島
距離の近い札所の順番どおりにまわること。
↓
平地の楽なところ
を先に行ってしまう。
◆原則◆すべて チャリ
↓
徒歩のみ
↓
歩いたりバスに乗ったりする
◆宿泊◆ 野宿
↓
野宿したり、布団で寝たりする
|
なんでもありなのだ。
この計画書の修正どおり、宿でくつろいだ。
ピッピ君はこの大師饅頭が気に入ったようだ。
二人とも宿の布団でドロのように眠った。
そして朝7時には船上の人となっていた。
なんとも濃い3日間だった。どんどん計画を変えていき、行き当たりばったりで進み、そしてしたいようにする。
そこには計算やプランも何もなかった。
でも、そんな出たとこまかせの道のどこかで私たちを待っている人がいた。待ってくれている札所があった。そして傍らには旅の仲間がいて、こんな私を支えてくれていた。
遠ざかってゆく、島を見ながら私は往生際悪く心に持っていた望遠鏡を海へ葬った。
なぜなら、これからは次にこの島へ出会う日を待ち望むことが出来るのだから。
待っていろよ!小豆島!
第1回 小豆島遍路、完
トップページ 掲示板 日記帳 リンク 更新記録 メール