夏なのに寒さに震えた北の大陸 北海道自転車の旅

 第35回              



旅はまさに絶好調であった。
あんな光景を見た後だ。この先には何が俺を待っているのだろう。
さすがは北海道!
よし行くぞ!

そろそろ夕方だ。地図を見てひどく驚愕した。俺はすでに北海道の中心にいるではないか。
          
十日ほど前には確か右上にいたはずだ。道東にいた頃は東へ、東へと進み
最東端到達以後はひたすら中央部を目指して進んできた。

今、俺は北海道の中心部分にいる。



西南北・・・、どこを目指そうか。やはり最北端の宗谷岬だろうか。



ここで昨夜のライダーハウスでお会いしたある旅人の言葉を思い出した。
「美瑛から先の旭川には空港があって開けてるけど、そこから周辺の街までは見所もないルートだけですよ。
北向きなら道は整備されてますが、空港のない方向に行きます。
南なら空港のある千歳にいけるけど、チャリなら数日は無人の山道を走ることになるかも。」

数日間、無人の山道を走る?さすがに怖い。他のチャリーダならおそらく帰る人帰る空港を考え、危険のないルートを勧めるようにプランを練っておられるのだろう。愚かにもノープランで走ってきたつけがここでまわってきた。道東から道央へ旅の後半で差し掛かったとき進路に困難を生じるのだ。


景色が目に入らなくなってきた。朝、チャリがパンクして以来の、心の奥底に生まれた薄暗い黒雲が、さらにはっきりと見え始めた。


でも俺はチャリをこいだ。なぜならここが北の大陸だから。俺は旅人だから前を向いて進むのだ。



このひまわり畑を抜けたとたん、景色が悪くなった。
言い過ぎかもしれないが、突然これまでの美瑛にあった美しさが姿を消し、ほとんど大阪の裏山と変わらない光景となったからだ。


そういえば今日は何キロくらい走ったのだろう?自転車のメーターを見た。
あれ?動いていない。
断線していた。もう走行距離を測ることはできない。



道幅が広くなっていく。車の量が増えていく。
あれほどまでに美しく存在してた木々はどこにもなかった。
この光景に「北の大陸」を感じることはない。
空は青いのに、なぜか黒い雲を感じた。


いつの間にか旭川に来ていたのだ。北海道第二の都市。

うひょーん
しばらくわすれていた存在がいらっしゃる。ピチピチのおねいさん。

普通の都会に俺はいるのだ。巨大な荷物をくくりつけてチャリで走ったりしているのは俺一人。
黒雲が心の深層でじっとしていたらいいのに、表面に浮き上がってきてなにかを俺に思い出させようとしている。


旭川駅。


チャリをとめて、地図を見た。そばには女子高生が普通の格好でいる。
宗谷岬へ向かうか?「周辺の街までは見所もないルートですよ。」朝のライダーの言葉。
たしかに普通の市街地が続いていそうだ。
ならちがう街へ行くか?
「チャリなら数日は無人の山道を走ることになる。」朝のライダーの言葉。
余計に動揺した。進めそうな道がない。
心を落ち着かせるために、日記でも書こう。今日の走行距離はどれくらいだろう。
メーターを見た。あ・・・、そうだ。昼間断線していたのだ。
目の前を忙しそうなリーマンが歩いていく。
心の引っ掛かりが完全に浮かんできた。

もう、これ以上・・・。

これ以上・・・・・・。



走り続けても誰にも出会えず、次の街へ行き着き、すぐに帰宅することになるだろう。
そうなるなら、ここで決意しよう。
旭川が俺の旅の最終地点となってしまった。

ここが最終地点。
最初からそんなことはわかっていた。有休があと2日しか残っていないことも知っていた。
財布の中身がほとんどないのも知っていた。すべて気づかぬふりをし、自分が旅人であるという状態を保とうとしていた。
だが、それはすでに幻影である。

黒い雲が完全に表に出ると、それは私の体の表面を覆いつくし、私は大阪人としてのただの働く男としての姿となった。



久しぶりに携帯を出すと関西空港行きの飛行機の予約を入れた。
支払いを済ませると財布の中には千円札数枚しか残っていなかった。





           

眼下にいかにも「大陸」的な道路が見えた。
あそこを走ることはかなわなかった。



終わった。



でもこれでいいのだ。
日記をめくってみた。おいしい海の幸もきれいな景色の説明も目には入らない。
これまでであったたくさんの人のことだけが俺の心に染み入ってきた。
帰ると決めたからこそ染み入ってきた。

これ以上旅を続けて孤独をわざわざ味わうよりも、今まで得たことを大切に心のアルバムにしまったまま飛行機の乗客となるほうがずっといい。

       
ものすごい青空と青い海と、地平線。
この二週間で出会って別れた人々は、まだあそこにいるのだろう。走っているのだろう。
みんな、俺はお先に帰ります!

月並みだけど、この旅はすばらしかったと思う。
みんなに出会えたからだ。
寒さには震え続けたが、心は温かかった。ずっとだ。



むしろ北の大陸は



夏なのに寒さに震える場所だからこそ、

出会いのぬくもりをより感じることができた。




人の温かさを感じるために、

旅人は、

寒い北の大陸を目指すのだ。



 
        最終回 

みなさん、ありがとう 〜旭川から大阪へ〜  




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