第30回 支えあう光景 帯広から富良野へ
普通の国道に普通の標識があった。
唯一漢字が読めた一番上の「帯広」という土地を目指すことにした。
時間はたっぷりある。自転車で96キロなんて余裕である。
ずっとずっと余裕の心境でこぎ続けた。
時計のカレンダーは8月を示していたが、私の目にはすでに秋が見えている。
完全に刈り取られているのに、その残り香にすら命が感じられる。あまりに広々としているせいだろう。
せせこましさがないからこそそう思えるのだ。
この広大さに目を奪われているうちに、こんな景色に出会った。
うそ!?夕方!?
気がつけばもうこんな時間。何も考えず、無為自然にこぎ続け、気がつけば一日が終わりかけてるやんけ。
自分でも信じられなかった。
腹が減ったが、まずは寝るところだ。
地図を見るとほとんど何もないところにいることに気づいた。両側がほとんど農場でその間を一本の道が通っている、そんな感じだ。
野宿はできそうにない。
ライダーハウスのマークを見つけた。そこへ電話する。
あと1時間ほどこげばつきそうだ。
一安心して漕ぎ出す。
別れ道に来た。右へ曲がり何キロか進むとめざすライダーハウスだ。
が、目の前の道があまりにも真っ暗であまりにも狭く、あまりにも行きたくなかった。
街灯のない道を数キロ行くのはあまりに危険だ。
それに明日行こうと思っていた帯広まで13キロ。
まだまだこぎたかった。太陽は地平線の向こうに隠れようとしていたが、俺の旅心は隠れるにはまだ早い。
よし!行こう!
道は暮れ方の力をなくした陽によってかろうじて見ることができた。周囲には田んぼや鉄橋があるのだろうが、どれもこれも淋しい赤黒い色に沈みこんで沈黙していた。
その寂しさが一気に活気へと変わった場所があった。
「帯広」は帯が広いと書くぐらいだから、ゆったりとした川のほとりの広大なカントリーを想像していたが、
たどり着いたその地は
ビッグシティだった。おらが町よりでかい。
シティで野宿・・・・・、無理だねえ。
またも地図を見る。
恐るべし北海道!こんな街中にもライダーハウスがあるではないか。
そこへ電話するといかにもやさしそうなおばさんの声。
ここへ決めた!
しかも俺がいるところまで自転車で迎えに来てくださった。
中には二人のライダーの方がいた。
部屋はライダーハウスとしては破格にきれいだった。
お勧めです。
とまあ、なんとなく充実したことをかいてるが、実は長い北海道の旅の中でもっとも何もしなかった日であった。
どこへも立ち寄らず延々漕ぎ続けたのだ。
だから次の日にすぐにうつる。
おは。
早朝5:30ごろ同室のTさんを見送る。巨大なバイクに乗っていってしまわれた。
彼を見送ってからしばらく私はそこに立ち続けた。
表通りの巨大なビル群をさけて立てられたかのような、小さな家並みが肩を寄せ合っているのが見えた。
そのまま上を見るとこちらも寄り添うかのようにして秋の雲がいくつも見えた。
上空にも秋が来ているのだ。
帯広では何をするわけでもなく、いきなり出発した。すぐに次の居場所をさがしたくなったのだ。
このキリのいい数字が見えたので、あわてて写真を撮った。
たぶん、北海道に興味のない人でも必ず聞いたことのある地名。
興味のある俺ならもっと聞きまくっていた地名。
今日の目的地に、富良野。悪くない。
早くも都会から普通の田舎道になった。
普通の光景ですらこの透明感を輝かせている。
北海道はあまりにも美しすぎる。
普通の景色の水準が高いからこそ、みんな北海道に来るのだ。
上陸して12日目、じゃがいもの花に教えられた事実であった。
そんな風に感じ入ってる俺の前にこんな光景が現れた。
まっすぐなのはいまさら言うまでもない。北海道なのだから。
そうではなくて目の前にそびえる山である。あれを越える必要があるのだ。
よっしゃー、いくでー!
となればいいが、
俺はヘタレの代表みたいな男である。できれば平坦であってほしい、それがむりなら坂道でも極力緩やかであってほしい。
もちろんやはりそれは果たして急坂であり、途中で入った食堂のおばちゃんにこの坂を自転車で上る人はめったにいないと脅されたあとだけに、余計に辛く感じた。
国道を走る私の横をもちろんおなじみの観光バスが走り去り、中にいる人は寝ながら坂を上っているのだ。
景色は良かった。そういえば北海道の山は気温の割には緑が濃い。
紅葉などするのだろうか?
俺の疑問など知らぬ顔で、葉並みが不思議な規則を持ってゆれていた。
初めて聞いたが、ここは刈勝峠だ。標高も644メートルしかなかった。
でもこぎ疲れたチャリダーには十分な高度である。
こういった高地の頂上にはたいてい休憩所があり、素敵な景色があり、すてきな団体様がいらっしゃるものだ。
そして俺はそれが苦手だったから、すぐに峠を降りた。
下り坂はいいものである。人生の下り坂はあまりうれしくないことなのだろうけど、チャリダーにとってはなによりのご褒美となる。
もう一つご褒美があった。
得も言われぬこのおかしき町並み。弁当屋とスナック、そして石炭屋などの小さな商店が兄弟のように寄り添いあい、そのすべてを大きな屋根が包み込んでいた。その温もりがいっそうおかしき雰囲気をかもし出していた。
北海道はどこを見てもみんな支えあって生きている。そんな気がした。
俺もまた誰かに支えられ、誰かを支えたい、そう思いながらチャリをこぎ続けた。
この日、何のために北海道へ来たのか、その目的を見出した気がした。
つづく
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