第20回 旅中の迷い
「いやーん、たくましい」
「うひひひひひひひ。それほどでもー。」
「焦げてる!」
うがお!?
目の前におっちゃんの顔があった。
美しい女性とは若干かなりかけ離れたおっちゃんは、俺の前で焦げかけている料理の火を消しにきてくれたのだ。
他に人はいない。
あれれ、俺をほめまくってたおねいさんは?
「兄ちゃん、疲れてるががね、居眠りしとったよ。」おっちゃんが厨房からそういってきた。
そうか・・。
なんとも情けない。食堂で居眠りをして身勝手なエロチシズムな夢を見ていたのだ。
男は疲れると例外なくこうなる、と思う。
おっちゃんの言うとおり、俺はたしかに疲れていたようだ。
野宿はともかく、連日のこの雨だ。今日当たりは宿に泊まろう。
そう思い、とほ宿を電話で予約した。
この行動が後に自分の弱さを自覚するきっかけとなってしまうのだが。
ちなみに俺の食ったのは「トド肉定食。」
この店は「熊の穴」といって北海道ではかなり有名なようだ。
何より知床岬突端付近では唯一の商店である。
食事のあとでおっちゃんは「証明書」をくれた。日本最北端で食事をした証明書だそうな。
店に入ったときに怖そうだと思い、出るときにも怖そうだなと思わされているおっちゃんだが、一緒に写真をとってもらった。
この写真は大阪に帰ってから熊の穴に大きく引き伸ばして送った。
飾ってくれているだろうか?
ここで僕はもっとも聞きたかったことをおっちゃんに質問した。
「知床岬の突端まで歩いていきたいんですが、皆さん結構いかれてますか?」
「やめとけ。」
「え、無理ですかね。」
「君一人か?」
「一応、一人です。」
「昔はグループで行く人もぽつぽついたけど、今は誰もいないよ。熊も増えたしな。」
「そうなんですか。」
「いなくなったのは、知床を歩く人だけじゃないよ。
ライダーもいなくなった。
自転車旅行をする人も、今はもうほとんどいない・・。」
最後のほうは独り言になっていた。
地元に住んでる人の言葉は重い。この言葉に従おう。
せっかくの無線機も、せっかくの登山靴も、せっかくのコンパスも、すべてはこの瞬間に無駄になったと覚悟した。
確かに事前に聞いていたのとはずいぶんちがうのだ。
北海道は旅人天国なはずだった。ライダーハウスには文字通りライダーがたくさんいて、
あちこちにチャリダーもいて、みんなで情報交換をしながら旅を続けると思っていた。
でも、今、だれもいない。
俺しかいない。
一本道は行きは迷わなくていいし、帰りも迷わなくていいのだが、視覚的には飽きる。
おまけにまた小雨がぱらついている。もしこれが晴れならすばらしいオホーツクの大洋がみえただろう。
残念ながらここにあるのは、灰色の雲と空と打ち捨てられたかのような漁船だけだ。
そして僕の前にはこれまでと変わらない黒い道だった。
目の前に花畑があり、そこにぬくもりを求めて写真を撮った。
が、悲しいことに余計淋しい構図になってしまった。
こんな光景を見つめながら俺は無意識の状態でチャリをこいでいる。
行きの半分くらいの時間で町に戻ってきた。
あらゆる旅をして、これがあると必ず立ち寄ってしまう存在が道にはある。
もちろん、その名も「道の駅」。
これができたおかげで、日本を旅する者はずいぶん助かっていると思う。
車の運転に飽きた頃に、チャリで走りつかれた頃に、あるいは歩き疲れた頃に、うまいこと道にぽつんと見えてくる存在。
今、僕は道の駅知床で休憩をしている。
その視線の先で、彼もまた休憩をしていた。
いいなあ、電線にカラスとか鳩ではなく、かもめが止まっているではないか。
今日一日、灰色の景色と心の中にいた俺に、白い光をこのかもめ君が与えてくれた。
やっぱり北海道の景色はすばらしい。
でも、かもめはいても、旅人がいない。団体様は一杯いるけど、旅人はここにもいない。
と、思ったら駐輪場にこんなものをみつけた。一台のチャリに刺さっていたものだ。
ぬお!すごい。
チャリによる日本一周。
実にすばらしく、うらやましく、
そして尊い響きだ。
このチャリの持ち主は宮崎県のMさんであった。転職の合間にチャリ旅に出たという。
私の最大の憧れの旅のスタイル。自転車による日本一周!
なんというすばらしい響きだろう。
それを実践していらっしゃる方にお会いできてMさんの背後に光がさしたように見えた。
「日本一周すごいですね。今日はすごい雨ですけど宿はどうされるんですか?」
「いえ、ずっと野宿ですよ。今日も。」
「え、でも今日は雨ですよ。」
「大丈夫ですよ、野宿します。」
この何気ない言葉に心臓をつかまれた気がした。
くったくない様子で野宿をされているMさんに僕にないものを見た。
それは旅へのいきごみであり、強さであった。
しばらく話をさせていただいたあと、Mさんとはお別れをした。
日本一周中のMさんとの貴重なショット
(左の背の高い方がMさん。どうでもいいけど右の小さいほうがピースケ。)
彼はしばらくこの道の駅で雨のやむのを待つという。
その屈託のない姿勢こそ旅人そのものだった。
雨はまだ降り続いている。
俺はチャリをこいで宿へ向かった。
この道をこぎながら考えた。そもそもなんでわざわざチャリで旅に出たのか?
北海道なら観光バスで旅行するとずっと楽なはずだ。
でも俺は旅人として北海道を進む道を選んだ。
それなのに数日がたって、「宿予約」という自分に優しい道を進んでいた。
いくら雨だとか寒いだとか言い訳を考えてもそれは欺瞞である。
少しでも楽をしたかったというのが本音なのだ。
宿を予約したとこを後悔した。
今夜泊まるその宿が、ものすごいぼろぼろで野宿と大差ないレベルなら泊まることにする。
でもそうでないなら、申し訳ないけど思い切ってキャンセルをしよう。宿の人に自分の思いを正直に伝えて謝ろう。
これすら言い訳めいていることをみとめる。でも今はこれくらいしか思いつかない。
でないと、この先ずっと楽な旅しかできない旅行人になる気がするのだ。
昼間見たエロチシズムな夢の中で、
俺は女の子に「たくましい」などといわれていたのに、
それがもっとも皮肉なことのように思えた。
何時間こいだだろう、予約をしてしまった宿の看板が見えてきた。
お願いします。汚くてぼろぼろでありますように。
果たしてその宿はこんなだった。
きれいすぎ。
予想の数倍のきれいさだ。おまけに品がある。俺にぴったり・・・・・いやいや、これから断らないといけないのだ。
キャンセルの文言を心の中で反芻していると扉が開いて、あまりにも親切そうな女の人がでてきた。
「あらまあ、雨の中ごくろうさま。お待ちしておりました。」
「あの、実は・・・。」
「さ、中へどうぞ。お部屋を暖めておきましたよ。」
「あの、僕・・・・・・。」
うわわ、どうしよ?
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